読む礼拝


「イエスは振り返って、弟子たちを見ながら、ペテロをしかって言われた、『サタンよ、引きさがれ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている』」。      (マルコによる福音書8:33)

荒野の誘惑の続き

 マルコはイエス・キリストの荒野の誘惑の内容について記しません。けれどもそれは、マルコが誘惑の内容について知らなかったということではないでしょう。むしろ、マルコは、イエス様がヨルダン川で洗礼を受けてからゴルゴダの十字架で死ぬまで、救い主としての地上の全生涯がサタンの試みの中にあったということを伝えようとしているのです。

 ですから、マルコはただ「サタンの試みにあわれた」と記すだけで、その結論を記しません。それはサタンの試みがそれからも続いたこと、イエス様は絶えずその誘惑と戦っておられたということ、その最終的な決着は十字架の上でつけるしかなかったということにほかなりません。

アダムとエバの罪を贖うために

 なぜなら、イエス・キリストが戦っておられる誘惑、そこから私たちを救おうとしておられる罪とは、私たちすべての人間の代表者であるアダムとエバがエデンの園で犯した罪だからです。

エバは、神様の「あなたは園のどの木からでも心のままに取って食べてよろしい。しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと死ぬであろう」(創世記2:16)という恵みと戒めの言葉よりも、へびの「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」(3:5)という言葉の方が確かであるかのように思い、神様の愛を疑います。そして、「食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われた」という自分の判断に従って、「その実を取って食べ」ます。アダムもまた、神様の言葉よりもエバの言葉に従って「食べた」のです。それが「原罪」と言われる私たちの罪の根です。

楽園追放と楽園回復

 聖書は、このへびを「悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を惑わす年を経たへび」(黙示録12:9)と呼びます。イエス様を試みたサタンはエバとアダムとを誘惑したへびと同じ存在であると言うのです。

 楽園追放を主題にした叙事詩「失楽園」の作者ジョン・ミルトンは、その続編として「復楽園」を執筆しますが、その主題は「荒野の誘惑」におけるキリストとサタンの対決です。イエス様がサタンの誘惑に打ち勝つことで、原罪によって失われた永遠のいのちへの道が再び開かれたとミルトンは歌うのです。そしてそれは聖書そのものの主張でもあります。

反復される荒野の誘惑

 マタイとルカが記す、悪魔の荒野での「もしあなたが神の子であるなら、これらの石がパンになるように命じてごらんなさい」。「もしあなたが神の子であるなら、下へ飛びおりてごらんなさい。」。「もしあなたが、ひれ伏してわたしを拝むなら、これらのもの〔この世のすべての国々とその栄華〕を皆あなたにあげましょう」。(マタイ4:3-9)との誘惑には、「神のように善悪を知る者となる」という、エバとアダムへの誘惑が響いています。

 マルコは、それがイエス・キリストの全生涯にわたって繰り返し語られ続けた誘惑であることに焦点を当て、イエス様は何度も「寂しいところ=荒野」に行って一人祈られ、この誘惑と戦われたことを明らかにしているのです。

それから

 イエス様にとっては、ヨハネから洗礼を受け、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である」(1:11)との声を聞いたときから始まったサタンの誘惑との戦いは、弟子たちにとっては、イエス様の「それでは、あなたがたはわたしをだれと言うか」(8:29)との問いにペテロが答えて「あなたこそキリストです」と言い表した時から始まります。洗礼と信仰告白とが、サタンの誘惑との戦いの始まりなのです。

「御霊がイエスを荒野に追いやった」ように、イエス様は、自分のことをだれにも言ってはいけないと、弟子たちを戒められます。それは、サタンとの戦いに勝利することなしに、「もしあなたが、ひれ伏してわたしを拝むなら」との誘惑を退けることなしに、ナザレのイエスがメシア、キリストであるということの意味は分からないし、ましてそれを伝えることはできないからです。

彼らに教えはじめ

 だからこそイエス様は、「それから」、「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ、また殺され、そして三日の後によみがえるべきことを、彼らに教えはじめ」られたのです。

 そして、「しかもあからさまに、この事を話された」とは、イエス様の十字架が、決して偶然や失敗によるのではないこと、それは神様の計画でありみ心であって、変更することはできないし、そのつもりもないという、イエス様の確固とした意思の表明です。それが単なる状況分析や戦況報告ではなく、イエス様ご自身の意志だからこそ「ペテロはイエスをわきへ引き寄せて、いさめはじめた」のです。

「サタンよ、引きさがれ」

 イエス様は、「サタンよ、引きさがれ」とペテロを叱責されます。ペテロが二人だけのひそひそ話、いわば「密室」で事を進めようとするとき、イエス様は、わざわざ「振り返って、弟子たちを見ながら」、公開の場を自ら設けた上でそうされるのです。それはイエス様がペテロの言葉の中にサタンの誘惑を聞き、その振る舞いの中にサタンの暗躍を見るからにほかなりません。

「あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている」とは、まさにエデンの園でエバとアダムとが、神様の言葉、神様のみこころよりも、へびの言葉、人の思いを優先して、神様との命の交わりを失ってしまった人間の最初にして最大の罪を思い起こしておられたからこその言葉だったのではないでしょうか。

群衆を弟子たちと一緒に呼び寄せて

 イエス様は「群衆を弟子たちと一緒に呼び寄せて」「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい」と言われます。イエス様はここで人々に教えておられるのではありません。サタンと戦っておられるのです。

 アダムとエバ以来、人がだれしも生まれながら自分自身の中に巣くわせている、「神のように善悪を知」り、「全世界をもうけ」ようとする思い、それゆえに「神と人とを憎むことに傾いている」(ハイデルベルク信仰問答)人間の罪をイエス様は白日のもとにさらされます。そしてそれに打ち勝つすべを教えてくださるのです。

わたしのため、また福音のため

 イエス様は言われます。「自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのため、また福音のために、自分の命を失う者は、それを救うであろう。人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか。また、人はどんな代価を払って、その命を買いもどすことができようか」。イエス様は、私たち人間の内に抜きがたく残る、勝利を栄光、富と力とを求める思いが、実はわたしたちのいのちを損なうものであること、そこに本当の救いはないことをお教えになります。

だれでもわたしについてきたいと思うなら

 そして、「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい」とお招きになるのです。「自分を捨て」とは、「誰が一番偉いか」を争い、「全世界をもうけ」ようとする古い自分を捨てることです。それは、修行のための難行苦行ではありません。「自分の十字架を負って、わたしに従ってきなさい」とのみ言葉は、「わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい」(マタイ11:29)との「魂の休み」への招きにほかならないからです。

弱いときにこそ

 パウロは、自分に与えられた「肉体のとげ」を「高慢にならないように、わたしを打つサタンの使」として受け止め、その苦しみのただ中で「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」(IIコリント12:9)との主の言葉を聞きました。

 そして「わたしはキリストのためならば、弱さと、侮辱と、危機と、迫害と、行き詰まりとに甘んじよう。なぜなら、わたしが弱い時にこそ、わたしは強いからである」(12:10)と力強く語ることができたのです。

わたしの思いではなく

 そのとき、十字架は、イエス様がサタンの誘惑に勝利されたしるし、そして私たちが日毎にその勝利にあずかりつつ、最後の勝利に向けて歩み続けていることのしるしです。「わたしの思いではなく、みこころのままになさってください」とのゲッセマネの祈りこそが、サタンに対する最大の武器なのです。そして、「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます」との十字架上の祈りこそが、神の子たちの勝利の凱歌です。この戦いにこそ勝利したいのです。   (2021年2月28日の礼拝のために)


「イエスは四十日のあいだ荒野にいて、サタンの試みにあわれた。そして獣もそこにいたが、御使たちはイエスに仕えていた。」(マルコによる福音書1:13)


マルコの荒野の試み

 マルコは、マタイやルカのように、荒野の誘惑について詳しく語りません。ただ「サタンの試みにあわれた」と記すだけです。断食にも、空腹にも触れられず、誘惑の内容についても、それどころか結果についてさえも沈黙したままです。けれどもそれは、マルコが誘惑の内容について知らなかったということではないでしょう。むしろ、イエス・キリストの洗礼から宣教の開始までを一息に語ることによって、マルコは荒野の誘惑の意味を伝えようとしているのです。

 荒野の誘惑は、イエス様がヨルダン川でバプテスマのヨハネから洗礼をお受けになったときの、天からの「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である」との声と、イエス様のガリラヤでの「時は満ちた、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信ぜよ」との神の国の福音の宣教の始まりの間に起こります。それは、神の子が救い主としての働きを始める前に通過しなければならなかった試練、否、訓練のときだったのです。

それからすぐに

 「すぐ」という言葉が、しばしばマルコ福音書に出てきます。マルコの口癖とでも言うべき言葉で、時間的にはかなり間のある場合にも使われています。じっさい、新共同訳聖書では、この箇所は「それから、“霊”はイエスを荒れ野に送り出した」と訳されています。

 けれどもそれは、マルコがどれほど神の国の到来を待ち望み、それに向けて日々を過ごすことを願っていたか、そしてそれを伝えることこそが自分の使命であることを確信していたことを意味するでしょう。たとえ時間的には間があったとしても、内的、信仰的にはそれは文字通り「すぐ」なのです。

 ここでは、洗礼と試練とが密接に、否、本質的に結び付いていて切り離すことができないということ、「わたしの愛する子」であることと「サタンの試み」にあうこととは矛盾せず、むしろそのしるしでさえあることが言い表されていると言うべきではないでしょうか。

わたしの子よ

 すでに、旧約聖書の箴言が「わが子よ、主の懲しめを軽んじてはならない、その戒めをきらってはならない。主は、愛する者を、戒められるからである、あたかも父がその愛する子を戒めるように」(3:11~12)と教えています。そして新約聖書のヘブル人の手紙は、この箇所を、「信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか」と、イエス様の荒野の誘惑に始まり十字架の受難に至る地上の生涯を証しするものとして次のように引用します。「わたしの子よ、主の訓練を軽んじてはいけない。主に責められるとき、弱り果ててはならない。主は愛する者を訓練し、受けいれるすべての子を、むち打たれるのである」。そして、「あなたがたは訓練として耐え忍びなさい。神はあなたがたを、子として取り扱っておられるのである」(12:7)と勧めます。そして、「すべての訓練は、当座は、喜ばしいものとは思われず、むしろ悲しいものと思われる。しかし後になれば、それによって鍛えられる者に、平安な義の実を結ばせるようになる」(12:11)と励ますのです。

子であればこそ

 私たちは神様に愛されているにもかかわらずにではなく、愛されているからこそ試みを受け、神様の心にかなわないからではなく、神様のみ心にますますかなう者とされるために訓練を受けるのです。それは、私たちの悔い改めのときであり、私たちが福音を新たに聞き直し、歩み直し、生き直す信仰者としての新生のときなのです。

御霊が

 だからこそここでは、「御霊が」すなわち神様ご自身がイエス様を荒野に「追いやる」のです。そしてその「御霊」は、「水の中から上がられるとすぐ、天が裂けて、聖霊がはとのように自分に下って来るのを、ごらんになった」(1:10)とあるように洗礼に結び付き、「聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」と言うことができない」(Ⅰコリント12:3)とパウロが教えるように、信仰の告白に結び付いています。

 サタンの誘惑とは、イエスをキリストと告白した者、洗礼を受けて「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である」との言葉を神様からいただいた者にこそ与えられるものなのです。

荒野に

 そのとき、「荒野」とは、ある特定の場所のことではありません。マルコが「朝はやく、夜の明けるよほど前に、イエスは起きて寂しい所へ出て行き、そこで祈っておられた」(1:35)とか、「イエスはもはや表立っては町に、はいることができなくなり、外の寂しい所にとどまっておられた」(マルコ1:45)というときの「寂しい所」は、「荒野」と訳されているのと同じ言葉です。

 そこは、人が一人でいるほかない所、孤独であることを余儀なくされる所です。それは、私たちが自然と向き合い、自分と向き合い、そして神様と向き合う場所ということなのです。

「御霊がイエスを荒野に追いやった」ということは、聖霊によってイエスをキリストと言い表し、洗礼を受けてキリスト者となるということは、私たちが「独り」となることを意味するということです。それは、私たち一人一人が、信仰の父アブラハムと同じように、「あなたは国を出て、親族に別れ、父の家を離れ、わたしが示す地に行きなさい」との言葉を聞いて、信じて、荒野に向かって歩み出すことなのです。

サタンの試み

 それはある意味で「危機」です。アブラハムが様々な困難に直面し、時に迷い、時に過ちさえ犯したように、私たちもまた思いもしなかった危機に陥ります。マルコがマタイやルカのように荒野の試みの内容を記さないのは、試みはいつも私たちにとって「想定外」の形で私たちに臨むことを知っているからにほかなりません。

 モーセによって導かれ、エジプトを脱出したイスラエルの人々は、数週間もかからないはずの約束の地に入るまで、40年にわたって荒野をさまよいます。「そのひととなりは全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかった」義人ヨブも、「ヨブはいたずらに神を恐れましょうか」(ヨブ1:9)とのサタンの試みを受け、財産を失い、家族を失い、健康を失います。試みる者は、「神を呪って死になさい」と、愛する者を通して神を呪わせようとし、友人たちを通し、聖書の言葉を用いてさえ、ヨブの信仰を失わせようと試みるのです。ルカは「悪魔はあらゆる試みをしつくして、一時イエスを離れた」(ルカ4:13)と記しますが、マルコが伝えようとしているのもそれ以外ではないでしょう。

獣もそこにいた

 マルコは「獣もそこにいた」と記します。それは、人間の罪によってこの世に入ってきた虚無に復している被造物を代表しています。「実に、被造物全体が、今に至るまで、共にうめき共に産みの苦しみを続けている」(ローマ8:22)ことが示されているのです。

 私たちもまた、私たちが引き起こしてしまった被造世界の混乱、環境破壊や種の絶滅という状況の中に置かれています。イエス様は、ただ単に人間の救いのためだけに試みにあわれたのではありません。イエス様は、アダムとエバが犯した罪を贖い、すべての創られたものが、救いに入ることができるため、人の子としてこの罪の世に来てくださったのです。

 そして、イエスをキリストと言い表した者たちもまた、「獣」のため、すべての被造世界のために責任を持って「地を治める」という奉仕することへ召されているのです。

御使たちはイエスに仕えていた

 マルコは、「御使たちはイエスに仕えていた」と記します。神様はイエス様のために御使いを遣わされるのです。それは私たちにとっても変わりません。神様は、私たちを忘れたり、見過ごしにされたり、まして見捨てたりはなさいません。イエス様に御使いを送られたように、私たちにも御使いを送って下さいます。

 そのとき、神様が遣わされる御使いには、羽根が生えているとは限りません。サタンがヨブを試みるためにヨブの妻の口を借りたように、神様はときに人の口を通し、書物を通し、また様々な出来事としるしを通して、私たちにご自身の言葉を語らせ、聖霊の導きをお与えになります。そしてなにより、聖書が記す信仰の先達たちが、神様の御使です。

「こういうわけで、わたしたちは、このような多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、いっさいの重荷と、からみつく罪とをかなぐり捨てて、わたしたちの参加すべき競走を、耐え忍んで走りぬこうではないか。信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか」(ヘブル12:1-2)。この約束と希望とに歩みたいのです。(2021年2月21日の礼拝のために)


「ある時、ヨセフは夢を見て、それを兄弟たちに話したので、彼らは、ますます彼を憎んだ」。      (創世記37:5)

神の沈黙の前に生きる

 創世記37章から「ヨセフ物語」と言われる部分が始まります。アブラハム、イサク、ヤコブの歩みも物語として語られてきました。けれども、それはそれぞれの生涯の特別な出来事を繋いだエピソード集とでもいうべきものでした。ところが、ヨセフの場合には、全体がひとつながりの連続した物語となっています。


 また、これまで、神様は直接族長たちに語られました。けれども、ヨセフの場合には神様は背後に退き、もはや直接ヨセフに語られることはありません。言うならば、ヨセフは、「神の沈黙」の中、「善が勝利し得ない世界で受難する者」(レヴィナス)として、しかしなお誠実に、真実に、人間らしく生きるという課題を背負って歩まなければならないのです。

ゲーテとトーマス・マン

 それは、民族を越え、歴史を越えて、人が人である限り避けることのできない課題です。多くの文学者がこのヨセフの物語に惹かれたのは理由のないことではありません。ゲーテは、自伝的作品『詩と真実』の中で、「この素朴な物語は大層愛すべき趣のものであるが、ただあまりに短すぎるように思われる。で、すべての個々の部分に手を加えて仕上げてみようという誘惑を感じる」と評しました。

 ゲーテの信奉者であったトーマス・マンは、妻カチアの幼馴染みであった画家ヘルマン・エーバースから、ヨセフを題材にした石版画集のための序文を依頼された際に、家に代々伝わる大判の聖書を開きます。そして、幼い時から親しんでいたヨセフの物語を読んで心動かされ、ゲーテの言葉を思い起こして、晩年の大作『ヨセフとその兄弟』を1926年から1943年にかけて執筆します。

 それはまさに、「血と土」の神話によってドイツ人の優秀性を謳ったナチス・ドイツが権力を握り、「劣等人種」とされたユダヤ人迫害が暴威を振るった時代でした。教会では、「不道徳」とされた旧約聖書の使用が禁じられ、説教で引用した牧師が強制収容所に送られる中、マンは旧約聖書物語を発表するのです。執筆中にマンは亡命を余儀なくされ、自宅は押収され財産は没収、国籍抹消、名誉博士号剥奪という状況のもと、最終的にアメリカのカリフォルニアで全四部が完成。第四部はマンと同様にスウェーデンに亡命していたフィッシャー社から刊行されます。執筆と出版それ自体が、ナチス・ドイツと、それを生み出した人間の悪との戦いであり、その戦いを支えたものもまた、聖書の物語そのものだったのです。

ヤコブ物語としてのヨセフ物語

 マンは、『ヨセフとその兄弟』の第一巻を丸々『ヤコブ物語』(1933年)にあて、『若いヨセフ』(1934年)、『エジプトのヨセフ』(1936年)と続いた最終巻『養う人ヨセフ』(1943年)をヨセフの死ではなくヤコブの死によって閉じます。

 それは、何より聖書そのものの描写がそうであるからです。ヨセフの「大冒険」は、同時にヤコブにとっては愛する子の喪失と回復の物語であり、ヨセフの兄たちとの和解は、争い合ったきょうだいたちがどのようにして和解するかという、ヤコブにとっても未解決だった問いへの答えなのです。そしてそれこそは、人類の和解と人間性の回復をテーマとしたトーマス・マンの『ヨセフとその兄弟』の主題であり、ゲーテが夢想した作品が目指したものだったのではないでしょうか。

父としてのヤコブ

 聖書は、エサウとヤコブについて「イサクは、……エサウを愛したが、リベカはヤコブを愛した」(5:27-28)と記しています。ヤコブは、母リベカの愛を充分に(ある意味では必要以上に)受けながら、父ヨセフからは自分が願ったような形でその愛を受けることができなかったのです。

 その心の空白を埋めるかのように、ヤコブはヨセフを溺愛します。「イスラエルは他のどの子よりも彼を愛し」たとある通りです。ヤコブはヨセフに、労働には不向きな、つまり支配者のしるしである長袖の(もしくは裾の長い)着物を作ってやります。ヨセフが兄たちの「悪いうわさ」を伝えるときにも、それをたしなめるどころか、むしろ兄たちの上に立つ監視人であるかのように扱います。それはどう考えても子どもたちの教育には不適切な振る舞いです。

 ひょっとしたら、ヤコブは、始めから正統な跡継ぎと見なされ扱われるという、自分にはかなわなかった、そして心から願い求めていた立場にヨセフをつけてやりたかったのかもしれません。けれどもそれは、結局はヤコブの夢の押しつけにすぎません。ヨセフは自分の意思とは無関係に、兄たちからの嫌らわれ者に仕立て上げられてしまうのです。

夢見る者

 それは、ヨセフの夢で極まります。ヨセフは兄たちに「わたしたちが畑の中で束を結わえていたとき、わたしの束が起きて立つと、あなたがたの束がまわりにきて、わたしの束を拝みました」と、余りにも不用意にまた無神経に語るのです。それは、将来長子の権と神の祝福を受けることを信じて疑わない、正嫡の子としてのあまりにも無邪気な、「子ども」の振る舞いです。

 兄たちが腹を立てるのも当然です。しかし、それでもまだヨセフは兄たちの思いに気がつきません。ヨセフはまた一つの夢を見て、それを性懲りもなく語るのです。「わたしはまた夢を見ました。日と月と十一の星とがわたしを拝みました」。さすがにこんどは父ヤコブも咎めざるをえません。兄たちが彼を憎むのはむしろ当然です。

この言葉を心にとめた

 しかし同時にヤコブは「この言葉を心にとめ」ます。それは、その夢の中に、人の思いを越えた神様のご計画の片鱗を見るからです。事実、ヤコブはエジプトの宰相となり、食料を求める兄たちはその前にひざまずくことになります。

 そしてそれは、奴隷として売られてきた、人種も宗教も異なる外国人が、その賜物と努力とによって、ついに国のトップにまで上り詰め、その「天から賜りし力」で、「弱き人」を、自国民のみならず外国人をも助け救うという、今日でもなお人類の「夢」であるような出来事なのです。

私には夢がある

 ヨセフはヤコブの死後、ヨセフの復讐を恐れる兄たちを「慰めて、親切に語」ります。「恐れることはいりません。わたしが神に代ることができましょうか。あなたがたはわたしに対して悪をたくらんだが、神はそれを良きに変らせて、今日のように多くの民の命を救おうと計らわれました。それゆえ恐れることはいりません。わたしはあなたがたとあなたがたの子供たちを養いましょう」(50:19-21)。

 それは「私には夢がある。それは、いつの日か、ジョージア州の赤土の丘で、かつての奴隷の息子たちとかつての奴隷所有者の息子たちが、きょうだいとして同じテーブルにつくという夢である」という、アメリカの公民権運動の指導者、マルティン・ルーサー・キング牧師の演説「私には夢がある:I have a dream」の一節を思い起こさせます。

 神様は、私たちが失敗したと思っていた、そしてもう取り返すことなどできないと嘆いていた。そんな「最悪」の出来事からも良きことを生まれさせてくださり、私たちの思いを越えて、救いのご計画を実現してくださるのです。この神様のお取り計らいに信頼したいのです。    (2021年2月14日の礼拝のために)


「イエスは近寄り、その手をとって起こされると、熱が引き、女は彼らをもてなした」           (マルコによる福音書1:31)

イエス・キリストの権威


 イエス様が救い主として最初になさったことは安息日に会堂で教えることでした。イエス様の救い主としての働きは、礼拝から始まったのです。なぜなら、まずなによりも礼拝において、イエスがキリストであることが明らかにされるからです。礼拝は、イエス・キリストの権威が明らかになるところなのです。

 もちろん、「イエス・キリストは、きのうも、きょうも、いつまでも変ることがない」(ヘブル13:8)と証しされているように、イエス様の神の子としての権威は世の始めから終わりまで変わることはありません。イエス様ご自身が、「アブラハムの生れる前からわたしは、いるのである」(ヨハネ8:58)と証言された通りです。

そして、その権威は地の果てから地の果てにまで及んでいます。復活されたイエス様は弟子たちに、「わたしは、天においても地においても、いっさいの権威を授けられた」(マタイ28:18)とお語りになりましたが、それは復活して初めて授けられた権威なのではありません。イエス様の権威の及ばないいかなる時間も場所もありはしないのです。

安息日の会堂で

 けれども、イエス様は特に時を決め所を定めて、ご自身の権威を、言葉としるしによって明らかにしようとされます。それが礼拝です。カペナウムの安息日の会堂での出来事はそのことを明らかにしています。神の言葉である聖書が読まれ、それが解き明かされるとき、そこには、「あなたこそ、生ける神の子キリストです」との告白が生まれます。

 もちろん、ここでは、まだその全てが明らかになっているわけではありません。人々はその権威に驚きつつ、しかしそれがどこからくるものであるかまだ知りません。

「あなたがどなたであるか、分かっています」と叫ぶのは、まだ悪霊だけです。しかもその理解は「神の聖者」止まりです。罪をゆるし、からだの甦りと永遠の命を与えることのできる神の子の権威、万物の支配者として最後の審判をなし歴史を完成する救い主の権威はまだ隠されています。

聖書という学校の生徒

 弟子たちは、繰り返し繰り返し主の言葉を聞き、そのみ業の目撃者となることによって、少しずつ少しずつ、その権威の全貌を理解していくのです。それは宗教改革者カルヴァンが言うように、信仰者の生涯をかけての学びであり、ルターがそうであったように、日毎の発見、驚きと喜びの積み重ねです。どれだけ時間をかけても充分ということはなく、しかし一瞬であっても永遠の意味がある出来事に私たちはあずかっているのです。

御国の権威

 イエス様と共に十字架にかけられた犯罪人のひとりが「あなたが御国の権威をもっておいでになる時には、わたしを思い出してください」と言ったとき、イエス様は即座に「よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」(ルカ23:42-43)と断言されました。

 キリストの権威が言葉としるしによって明らかにされ、悔い改めと告白がなされるとき、たとえそれがどのような時であっても、そこには事実としての礼拝があり、たとえそれがどこであろうと、そこには出来事としての教会があります。安息日のカペナウムの会堂であれ、ゴルゴタの十字架の上であれ、いついかなる時と場においても、私たちはイエス・キリストの権威と救いにあずかることができるのです。

会堂を出ると

 イエス様は会堂で教えられた後、すぐに「ヤコブとヨハネとを連れて、シモンとアンデレとの家にはいっていかれ」ます。

 私たちが主の日の礼拝でイエス様の言葉を聞いた後、私たちはイエス様を残して自分たちだけで家に帰るのではありません。イエス様は私たちと一緒に、否、私たちに先立って私たちの家に向かわれるのです。「わたしについてきなさい」との言葉によって網を捨て、父をおいてきた弟子たちの家族のことを一番心にかけてくださるのはイエス様ご自身なのです。

会堂の主、家庭の主、世界の主

 イエス様は休息するためにペテロの家に向かわれるのではありません。イエス様は救い主としてそうされるのです。キリストの権威は会堂から出た瞬間に消えてなくなったり、ふところに仕舞われたりはしません。イエス様は弟子たちと共に歩まれる道の上でも、家の玄関をくぐってからも、救い主としての権威を隠すことなく現しておられるのです。

 そのとき、シモンとアンデレもまた家に「帰る」のではなく「行く」のです。イエス様に従って歩み出した者たちにとって、自分の家は、今や使命をもってそこに向かう課題の場所、働きの地なのです。

シモンとアンデレの家で

 その家では「シモンのしゅうとめが熱病で床について」います。それが以前からの病であったとすれば、ペテロの家は介護の問題を抱えていたことになるでしょう。キリストの弟子となったことがきっかけだったとすれば、それは信仰をめぐる家庭内の対立と言えるかも知れません。誰もが抱えている、しかし誰もが家族だけ、自分だけで抱え込んでしまっている問題に、イエス様自らが関わってくださるのです。

イエスは近寄り

「イエスは近寄り、その手をとって起こされ」ます。イエス様は私たちの問題に近寄って下さり、取り上げてくださり、そして起こして下さるのです。そしてイエス様がその手を差し伸べて下さるときに熱が引きます。

 目の前の問題で頭がいっぱいになり、「熱く」なってしまっている私たちの頭を冷まし、冷静にさせてくださるのはイエス様です。そして、私たちが考えもしなかった解決の道を示してくださるのです。イエス様は、会堂において主であられるだけではなく、私たちの家の中においても主であられます。イエス・キリストの権威は私たちの家の中にも及ぶのです。

もてなす者=仕える者

 シモンのしゅうとめは「彼らをもてなし」ます。「もてなす」とは、文字通りには「奉仕する」という意味です。それは、イエス様が「異邦人の支配者と見られている人々は、その民を治め、また偉い人たちは、その民の上に権力をふるっている。しかし、あなたがたの間では、そうであってはならない。かえって、あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、仕える人となり、あなたがたの間でかしらになりたいと思う者は、すべての人の僕とならねばならない。人の子がきたのも、仕えられるためではなく、仕えるためであり、また多くの人のあがないとして、自分の命を与えるためである」(マルコ10:42-45)と弟子たちに教えられたときの「仕える」という言葉と全く同じ「ディアコネイン」という言葉です。そこから「ディアコニア」という教会の奉仕の働きを表す言葉が、そして、その働きを担うつとめとして「ディアコノス」(執事)という職能が生まれました。

 シモンにとっての問題であり、ひょっとしたら頭痛の種であったかもしれない妻の母親は、今や同じ、否、むしろ弟子たちの誰よりも先に「仕えること」の意味を知って行ったキリストの奉仕者となったのです。

奉仕する者たちの家

 そして、「町中の者が戸口に集ま」ります。シモンの家はキリストの救いの出来事が起こる場所となり、ガリラヤ伝道の拠点となっていきます。シモンの妻も、後にはパウロが「わたしたちには、ほかの使徒や主の兄弟たちやケパ(ペテロ)のように、信者である妻を連れて歩く権利がないのか」(Ⅰコリント9:5)と書き記したように、ペテロと共に伝道に携わることになります。ペテロの家は、家族をあげて主に仕える、奉仕する者たちの家となっていくのです。

 もちろん、それはすぐにではありません。イエス様ご自身、母マリヤを時には、「女よ」と呼ばなければならないような親の無理解に直面されました。身内の者たちは、イエス様が「気が狂ったと思」って取押えに出てきました(マルコ3:21)。けれども、使徒行伝は、聖霊降臨を前にして、「イエスの母マリヤ、およびイエスの兄弟たち」が弟子たちと共に熱心に祈っていたことを記し(使徒行伝1:14)、パウロの手紙からは、「主の兄弟ヤコブ」(ガラテヤ1:19)がエルサレム教会の柱の一人となっていたことがわかります。

 神様は私たちの「問題」を「課題」と「使命」に変え、ついに「喜び」と「讃美」にしてくださるのです。それは私たちの願ったようにではないかもしれません。私たちが思い描いた時と所とは違っているかもしれません。それどころか私たちはそれを肉の目で見ることが叶わないかもしれません。けれども、私たちを召してくださったお方は、召した私たちのすべてに責任を取ってくださり、私たちの思いを越えて、私たちの上にそのみこころを実現して下さるのです。このお方にこそ信頼し、このお方にこそ一切をゆだねて従う者たちでありたいのです。(2021年2月7日の礼拝のために)