読む礼拝



「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である」。
                 (マルコによる福音書1:9)


福音書記者マルコ

 最初の福音書と言われるマルコ福音書には、キリストの誕生の記事がありません。もちろん、マルコが誕生に関わる情報を知らなかったという可能性は少なくありません。けれども、マルコが福音書を書いた時代を考えれば、直接、間接に誕生についての情報を知っている人たちはまだ充分に存命だったはずです。

 後のマタイ福音書やルカ福音書が、マルコ福音書を元にして、誕生物語やキリストの言葉集、さらに独自の資料を加える形で書かれたと考えられていることを思えば、マルコはあえて誕生物語を記さなかったといえるのではないでしょうか。

福音のはじめ

 それは、マルコにとって、キリストの洗礼こそが、「神の子イエス・キリストの福音のはじめ」として伝えるべきことであると考えられたからにほかなりません。

 神秘的で華やかでさえあるキリストの誕生の物語ではなく、ごく普通で他の人と何ら変わりのないキリストの洗礼の出来事の中にこそ、福音の始まりであり源である「神が人となられた」出来事、キリストの受肉の意味が鮮やかに示されているということではないでしょうか。

おのれをむなしうして

 パウロが、ピリピの教会に「どうか同じ思いとなり、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、一つ思いになって、わたしの喜びを満たしてほしい」
(2:2)と願い、「おのおの、自分のことばかりでなく、他人のことも考えなさい」(2:4)と勧めたとき、パウロはそれを「キリスト・イエスにあっていだいているのと同じ思いを、あなたがたの間でも互に生かしなさい」(2:5)という助言によって実現しようとしました。

 そして、その根拠こそ「キリストは、神のかたちであられたが、神と等しくあることを固守すべき事とは思わず、かえって、おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず、おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた」(2:6-8)という、パウロが引用したと考えられている初代教会の讃美歌が歌うキリストの受肉の出来事にほかなりません。マルコは、このキリストの受肉をあかしするものこそ、キリストの洗礼だと言うのです。

洗礼を受け

 キリストの公の生涯、救い主としての働きは、ヨルダン川でバプテスマのヨハネから洗礼を受けることから始まりました。それは、キリストは群衆の中の一人となることから、その救い主としての働きを始められたということです。そこには何の特別扱いもありません。イエス様は、他の人々と同じように列に並び、同じようにバプテスマのヨハネのもとに身をかがめ、同じように水で洗礼を受けられたのです。

 イエス様はその働きを、山の上にある町エルサレムで、壇上で人々に仰ぎ見られることから始めることもできたはずです。けれども、イエス様はそうなさいません。イエス様は、丘の上の町ナザレから出てヨルダンの低地に下り、ヨルダン川でヨハネのもとに身をかがめることから始められたのです。救い主の働き、それは低きに下ることから始まるのです。それは「神のように」なろうとして、楽園と永遠の命を失った私たちを救うためにほかなりません。

人と異ならず

 キリストは「人間の姿」になられました。けれどもそれは、神の子が身分を隠してお忍びで下々の暮らしぶりを見に来られたのでもなければ神の子が人に一時姿をやつしたのでもありません。イエス・キリストは「まことの人」、本当の人間になられたのです。

「神と等しくあることを固守すべき事とは思わず」とは、全知であり全能であり永遠であり無限であることを放棄したということです。わからないこと、できないこと、終わりがあること、限界があることを受け入れられたということなのです。

 郷里の人々は「この人は、この知恵とこれらの力あるわざとを、どこでならってきたのか」(ルカ13:54)といぶかしがりました。イエス様は決して、いわゆる神童でもなければ、村の期待を一身に集める出世頭でもなかったのです。そこには、早くに父を失い、母と弟たち妹たちを養わなければならなかった苦労人の姿があるだけです。

 イエス様は父ヨセフの病を奇跡によって癒すこともなければ、汗を流すことなくお金を稼ぐこともなさいませんでした。イエス様は、愛する家族をなすすべもなく失う悲しみを、大黒柱を失った家族の悲しむ間もなく今日の食べ物を心配しなければならない苦しみを味わい尽くされたのです。

罪を知らないかたを

 イエス様はそのような「わたしたちのひとり」として洗礼を受けられます。みんなと同じように列に並び、同じように水に入り、同じように水から上がられるのです。それは本来イエス様には必要のないこと、他の人間すべてが必要であったとしてもただ一人イエス様にだけは必要のないことでした。

 じっさい、福音書記者マタイは、バプテスマのヨハネの「わたしこそあなたからバプテスマを受けるはずですのに、あなたがわたしのところにおいでになるのですか」(マタイ3:14)との戸惑いを記しています。

 それは人間の理屈を越えています。しかしそこにこそ神様の「わたしたちの内に住まわせた霊を、ねたむほどに愛しておられる」(ヤコブ4:5)神様の真実が明らかにされているというべきではないでしょうか。

罪のゆるしを得させる悔改めのバプテスマ

 マルコもまた、この洗礼を「罪のゆるしを得させる悔い改めのバプテスマ」と先走って呼んでしまうことによって、図らずも、この人の理屈を越えた神の愛と救いとを証ししているというべきでしょう。

 じっさい、バプテスマのヨハネの洗礼は「悔い改めのしるし」ではあっても、「罪のゆるしを得させる」ものではなかったはずです。罪をゆるすことはただ神様にしかできないことだからです。ヨハネのバプテスマは神様に対する罪の告白であり、神様に対する向き直り、回心を意味するものだったのです。だからこそ、その洗礼は生涯に何度も繰り返して行うことのできるもの、逆に言えば、繰り返して行わなければならないものでした。

 けれども、罪人の一人に数えられ、強盗と共に十字架に架かり死に、三日目によみがえられた主が弟子たちに「すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施」(マタイ28:19)すことをお命じになったことによって、洗礼は「罪のゆるしを得させる」ものとなったのです。

 神様へ向き直ってなお、否、向き直ってこそ、神様との絶望的な隔たりに気づかざるを得ない私たち、戻ろうと願っても戻れない、帰ろうとしても帰れない私たちのために、神様の方が私たちの所に来て下さったということが、神の受肉、キリストの誕生、そして受洗の出来事だったのです。

天が裂けて

 これが福音であり神の国の到来です。だからこそ、まさにこの時「天が裂け」ます。罪なき神の子が「罪人の一人に数えられた」ことによって、「神のように善悪を知る」ものとなろうとして罪に堕ちた人間に、再び神の国の扉が開かれたのです。

 イエス様は、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である」との声をお聞きになります。そして、この時にはまだご自分しか聞くことのできなかったこの言葉を、すべての人が聞くことができるようにしようとされます。それがイエス様のキリストとしての働きにほかなりません。

 キリストが、私たちのうちの一人となってくださったことによって、私たちは「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者」との言葉を、わたし自身に語られた言葉として聞くことができるのです。この言葉に支えられ、導かれつつ歩む者たちでありたいのです。
                (2021年1月17日の礼拝のために)


「エサウ、すなわちエドムの系図は次のとおりである」
(創世記36:1)


選ばれる者と選ばれない者

 1月はスポーツ観戦のシーズンです。駅伝から始まってサッカー、ラクビー、アメリカンフットボール等々、学生や実業団の選手権や大会が目白押しです。テレビ観戦だと、選手のバックストーリーが紹介されたりすることもあって、選手一人一人への思い入れも深くなります。

 そしてそのたびに、選手として晴れ舞台に立つ者と、控えとして裏方に回る者との、時には残酷にも思える隔たりを思わされます。「百人が百人口を揃えてその才能を認め、褒め称える者でなければ、夢を見ることさえ許されないのだろうか。強烈な才能と力を持たない者の、夢を叶える努力や、誰かの力になりたいと思うその心映えには、何の価値もないのだろうか」(吾峠呼世晴)との問いかけが胸に刺さります。

エサウとヤコブ

 聖書に登場する選ばれる者と選ばれない者の対比の中で、その選びの不可思議さ、というより理不尽さを覚えるのは、双子の兄弟でありながら片方が退けられ、片方が選ばれることになるエサウとヤコブのエピソードでしょう。

 弟ヤコブが狡猾な、というよりはむしろ犯罪的でさえあるような手段で、多少の欠点はあっても素朴でさっぱりとした気性と思える兄エサウから長子の権と神の祝福を奪うのですから、神様はいったい何を考えているんだ、と思っても仕方ありません。聖書の「選び」とは一体何なのでしょうか。

エドムの系図

 聖書は、ヤコブの系図だけではなく、エサウの系図を記します。それは、わたしたちの目には隠されていても、神様の目にはヤコブの子孫だけではなくエサウの子孫もまたはっきりと映っているということです。神様はアブラハム・イサク・ヤコブの神であると同時に、アブラハムの兄弟ナホル、イサクの異母兄弟イシマエル、ヤコブの双子の兄エサウの神でもあること、そしてそのすべてを守り、支え、導いておられる「全地の主」であり全民族の父でいてくださるというのです。

アブラハムの召し

 だからこそ、ヤコブの祖父であり、ヤコブがその祝福を奪ってでも手に入れようとしたアブラハムへの神様の祝福は「わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう。あなたは祝福の基となるであろう」(12:2)というものでした。

 そして、その祝福の基とは、単にアブラハムの子孫にとってのものではないこと、神様の祝福は一家族、一民族に留まることなく、すべての民に及ぶことを神様は示されます。「あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地のすべてのやからは、あなたによって祝福される」(12:3)と付け加えられている通りです。

祝福と呪い

 それは同時に、アブラハムに対する姿勢によって、神様のその人に対する姿勢も変わるということです。聖書が証しする「信仰の父」の生き方をどう評価するのか、祝福するのか呪うのか、肯定するのか否定するのか、それに倣うのか退けるのか、それが神様の祝福を受けるのか呪いを受けるのかの分かれ道になると言われているのです。

サウの道とヤコブの道

 それが、最も鮮やかな形で現れたのがエサウとヤコブだったといえるでしょう。同じ父母から、同じ場所と時間に生まれた二人は、しかし、このアブラハムへの祝福に対して対照的な姿を取るのです。

 聖書は「エサウは巧みな狩猟者となり、野の人となったが、ヤコブは穏やかな人で、天幕に住んでいた」(25:27)と記します。エサウは狩猟者でありしかも巧みです。ヤコブも後に叔父ラバンの家で牧畜の才能を発揮することになりますが、それは群れに対する日毎の愛情と配慮によるものであって、成果も決して派手な見栄えのするものではありません。

 それに比べて、鮮やかな腕前で獲物を仕留めるエサウの姿はまさに英雄です。獲物を捌いて一族郎党が共に食したであろうその宴はまさにお祭であり、エサウは常にその主役であったことでしょう。

エサウは長子の特権を軽んじた。

 だからこそエサウは、ヤコブのレンズ豆のスープを求めた際の「まずあなたの長子の特権をわたしに売りなさい」との要求に、よく考えもせず頷いてしまうのです。ヤコブは「まずわたしに誓いなさい」と神様の前での誓いを求めたのですから、考え直すチャンスはあったのです。けれどもエサウは、神様を一族の長として礼拝し、祝福を受け継ぐ権利である長子の権を、「わたしは死にそうだ。長子の特権などわたしに何になろう」と、一杯のスープと引き換えにしてしまうのです。聖書が「このようにしてエサウは長子の特権を軽んじた」と語る通りです。

カナンの娘たちのうちから

 エサウの系図は「エサウはカナンの娘たちのうちから妻をめとった」と始まりますが、ここにも、エサウが何を求め、何を大切にしていたかが示されているといえるでしょう。

 聖書では退けられているカナンの民ですが、歴史的・文化的には、アブラハムの一族よりも遙かに先進的で豊かであったことは明らかです。その中で育ち、豊かさとセンスを身に着けていたであろうカナンの娘たちを妻にめとったエサウは、その意味で、時代の先端を行くような新しいものを求め、豊かさを追求する人であったと言って良いでしょう。

エサウへの祝福

 そして、そのような生き方を神様は決して一概に退けることはなさいません。カナンの娘たちからも次々に跡継ぎが生まれ、ヤコブの群れだけではなくエサウの群れもまた豊かに増え広がります。

 神様は「わたしはヤコブを愛し、エサウを憎んだ」(マラキ1:3、ローマ9:13)と語られますが、それは決してエサウが呪われ、滅ぼされるということではありません。エサウにも確かにエサウの求めた祝福が与えられているのです。ただ、約束の地を受け継ぎ、それによってアブラハムの祝福を受け継ぐのはエサウではないというだけです。

セイルの山地に住んだ。

 ですから「エサウはセイルの山地に住んだ」とあっても、相続争いに敗れて人も住まない地に追放された考える必要はありません。歴史的にはむしろ逆です。「約束の地」はしばしば飢饉に遭い、ヤコブの一家は着の身着のままエジプトに寄留することになります。ヤコブはエジプトの王ファラオの前で「わたしの旅路のとしつきは、百三十年です。わたしのよわいの日はわずかで、ふしあわせで、わたしの先祖たちのよわいの日と旅路の日には及びません」(創世記47:7)と告白せざる得ません。

 一方、エサウの住んだ地は、鉱物資源に富む地であり、エサウの子孫であるエドム人は、採掘と交易によって、ヤコブの子孫であるユダヤ人よりも遙かに豊かな富と文化を享受することになります。

 その末裔であるヘロデが、ローマと結んで権力を手にし、地中海貿易によって経済を発展させ、ギリシャ・ローマの技術と文化を背景にエルサレム神殿を改築して「ヘロデの神殿」を作り上げることになったものむべなるかなです。それはそれで確かに一つの生き方であり、そうした在り方がこの世に存在することを神様は認められるのです。

わたしが示す地に行きなさい

 けれどもそれは、神様がそこからこそアブラハムを召し出した古い世界にほかなりません。それは確かに存在を許され、その中にはなお神様の創造の恵みとして、良いもの、美しいもの、正しいものが残っています。しかしそこには神の祝福という決定的なものが欠けています。

 だからこそ神様は、当時、カナン以上に先進的であり、文化と経済とに富んでいたはずの「カルデヤのウル」から、「あなたは国を出て、親族に別れ、父の家を離れ、わたしが示す地に行きなさい」との言葉をもってアブラハムを召し出すのです。

 ヤコブは、この神の言葉、神の祝福、神の約束を選んだのです。それはまだ目には見えません。手で触ることもできません。今ここでの空腹を満たすことなど不可能です。エサウが「わたしは飢え疲れた。お願いだ。赤いもの、その赤いものをわたしに食べさせてくれ」、「わたしは死にそうだ。長子の特権などわたしに何になろう」と言うのはその意味では全く正しいのです。

ヤコブを愛した

 だからこそ神様は、この一見役に立たないように思える神の祝福を、ある意味で命懸けで求めたヤコブを愛されるのです。ヤコブの振る舞いは、なお罪によって歪められ、捻れ、曲がってはいるかも知れないけれども、それゆえ私たちの目には決して好ましくも美しくも見えないかもしれないけれども、確かに神様への愛なのです。神様はこの神様への慕い求めを喜ばれ、その愛に応えてくださるのです。

無きに等しい者を、あえて選ばれた

 ヤコブが愛されたのは、この人の思いを越えた神の愛ゆえです。ヤコブ自身に何か特別な力や美点があったからでは決してないのです。パウロが、「あなたがたが召された時のことを考えてみるがよい。人間的には、知恵のある者が多くはなく、権力のある者も多くはなく、身分の高い者も多くはいない」(Iコリント1:26)と証しする通りです。

果たすべき責務

 信仰者は、この世的には特別な力や知恵があるわけではなく、富や名声を得ているわけでもありません。たとえそれらが与えられていたとしても、それが信仰者を信仰者にしているのではありません。信仰者は信仰を抜きにすれば、他の人々と何ら変わりがありません。必ずしも好人物というわけではなく、間違ったことはもちろん、時には悪いことさえしてしまいます。わたしたちが、ヤコブの生涯を通していやと言うほど知らされてきたことです。

 ただ違うのは、信仰者には神様から果たすべき責務、責任を持って果たさなければならない使命が与えられているということです。そして、それはどれほど力があり知恵があっても決して果たすことのできない特別な使命なのです。

道を知る者

 それは、パウロの言葉を借りれば、「福音(すなわち「神の国」)を宣べ伝えるためであり、しかも知恵の言葉を用いずに宣べ伝えるため」だと言えるでしょう。「この世は、自分の知恵によって神を認めるに至らなかった」ために、「神は、宣教の愚かさによって、信じる者を救うこととされた」からです。

 イエスをキリストと言い表した者、イエスを神として礼拝する者、イエスを主としてその後を歩もうとする者は、そのことを通して「道であり、真理であり、命である」方を指さしているからです。

村人Aもしくは宿屋の主人

 それはロールプレイングゲームの中で「村人A」や宿屋の主人が果たす役割に似ています。ゲームの中ではモブキャラと呼ばれる「その他大勢」です。なりたいと思うような存在ではありませんし、また、なろうと思ってなれるものでもありません。けれども、その人と出会い、言葉を交わすことなしには、どんなに能力値が高く、装備がととのった勇者も、正しいルートをたどることができません。

 この世的には難民の一人でしかなく、自分自身の生涯を「わたしのよわいの日はわずかで、ふしあわせで」と語るヤコブは、しかしにも関わらず、大帝国エジプトの王ファラオの前にいささかも怯むことなく、畏れることなく、むしろ「祝福」することができるのです。この光栄ある責務を全うしたいのです。          (2020年1月10日の礼拝のために)


 「そして、夢でヘロデのところに帰るなとのみ告げを受けたので、他の道をとおって自分の国へ帰って行った」。 (マタイ福音書2:12)


ヘロデ王の代に

 聖書はイエス・キリストがユダヤの王ヘロデの治世に生まれたと語ります。それは単なる年代表記ではありません。それはこの時代がどのような時代であったかを示しています。

 ヘロデはユダヤの王族の血統ではありません。イドマヤ(エドム)出身の武将であった父の下で武勲を立てて名を上げ、ハスモン王朝が空位になった際、権謀術数を駆使してユダヤの支配権を握ります。そして後のローマ帝国初代皇帝アウグストゥス(当時はオクタウィアヌス)の後ろ盾のもと元老院から「ヘロデはユダヤの王である」との宣言を受けて権力基盤を確立します。貿易振興と土木建築とによって経済を進展させて人心を掌握し、贅をこらして改築したエルサレム神殿(第2神殿)は、「ヘロデの神殿」と呼ばれるようになります。そしてついに「大王」と称されるに至るのです。

不安を感じた

 けれども、そのヘロデが、「東からきた博士たち」の「ユダヤ人の王としてお生れになったかたは、どこにおられますか」との言葉を聞いて「不安を感じ」ます。絶対的な権力を誇ったはずの「大王」ヘロデは、にもかかわらず、不安を隠すことができません。

 それは、人には圧倒的と見え、絶対的とさえ思えるこの世の力が、実はどれほど空疎で、見せかけだけのものに過ぎないかを、その力を手にした者は知らざるを得ないからです。その力を仰ぎ見、その地位に憧れていたときには、手にしさえすれば全てのことが叶う魔法の力のように見えていたその力は、あらゆる手段を用いてその力を手にしたその瞬間に、実は空しく、脆く、人ひとりの人生を満たすに役に立たないものであるかが暴露されてしまうのです。

ヘロデの息子であるよりは

 ヘロデは、ローマ帝国と政治的にも経済的にも深く結び付くことを通して権力を握りました。けれども、それは政治的には異邦人の支配に屈服することであり、文化的にはユダヤの伝統的な価値観がギリシャ・ローマの文化の後塵を拝することを意味しました。民族主義者たちはヘロデを裏切り者と見なし、宗教指導者たちは異邦人の汚れをもたらすものとして批判しました。

 信頼と共感によってではなく、力と金とによってユダヤを治めるほかなかったヘロデは、一旦手にした権力を保持するためには、自分を脅かしそうな人物を次々に粛正していかざるを得ませんでした。絶え間ない権力闘争と疑心暗鬼から、ヘロデはついには妻や子までも手にかけ、後ろ盾であるはずのローマ皇帝からさえ「ヘロデの息子であるよりはヘロデの豚である方がましだ」(ユダヤ人は律法の規定によって豚を食べないので少なくとも殺されることはない)と揶揄されるに至ります。

 だからこそ、その立場を脅かす正統なユダヤ王家に属する者の登場に不安を感じざるを得なかったのです。

人々もみな、同様であった

 彼が求めたものは、「地」でした。彼にとってそれは「領地」であり「領土」です。それは、自分の思いのままになる人々と言うことができます。自分の思いのままになる空間とも言えるでしょう。

 だとすればそれは決してヘロデだけの問題ではありません。部屋一つであっても、またネット上の空間であっても、人はみな自分が王になりたい、神になりたいと思って生きているのです。「人々もまた、同様であった」とは、誰もが自分自身の中にヘロデを宿しているということにほかなりません。

 その意味では、すべての人は、アダムとエバが楽園を追われて以来、多かれ少なかれ「ヘロデの世」を生きているというべきでしょう。イエス様は、このヘロデの世を、ヘロデのように生きざるを得ないわたしたちが、新しい時代、新しい世界に生きるために来て下さったのです。

東から来た博士たち

 その一方、東から来た博士たちは、「占星術の学者」と新共同訳聖書が訳すように、「天」を仰ぐ人々でした。それは領地や領土を越え、人種や文化を越えて普遍的で超越的な価値を信じ、それを求めて生きようとする人間の姿を象徴していると言ってよいでしょう。より高く、より清く、より美しいものを求めて止まない思いもまた、神によって神に似せて造られた私たち人間の確かな一面だからです。

 博士たちは、黄金、乳香、没薬という三種類の献げ物から三人とされました。7世紀頃からはメルキオール、バルタザール、カスパールという名が与えられ、それぞれ青年・壮年・老人として、またアジア人・アフリカ人・ヨーロッパ人として、そして王として描かれるようになります。それは世代を超え、民族を超えて、より高いものを求める者たち、そして「天から賜りし力」を正しく用いようとする者たちは、イエス・キリストのもとに来るという信仰の表現といってよいでしょう。

導きの星が見失われるとき

 しかし、その星に導かれて歩み出したはずの博士たちですら、いつしかその星を見失ってしまいます。王ならば王宮に生まれるはずだという常識が、救い主は力と富と栄光に包まれているはずだという思い込みが、彼らの足をベツレヘムの馬小屋へではなく、エルサレムの宮殿に運んでしまいます。彼らもまたヘロデの世の常識から抜け出すのは簡単なことではなかったのです。

 けれども、そこはきらびやかではあっても、疑心暗鬼と敵意に満ちた死の世界にほかなりません。自ら力と富と栄光を求めこれを独占しようとするところに本当の命はないのです。

神の言葉に導かれて

 この人間の思い違いを正し、歩むべき道を示すのは神の言葉です。「ユダの地、ベツレヘムよ、おまえはユダの君たちの中で、決して最も小さいものではない。おまえの中からひとりの君が出て、わが民イスラエルの牧者となるであろう」との御言葉は、神様は小さなものに目を注がれ、小さなものを用いて大きなことを成し遂げてくださるとの約束にほかなりません。

 この聖書の言葉に導かれて、彼らはベツレヘムを目指します。そしてその時に彼らは導きの星を再び見出すのです。

低きに降る愛

 そこには「富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられた」(IIコリント8:9)主がおられます。飼い葉桶はその貧しさの、けれども確かな命のしるしです。自らのために力と富と栄光を求めるところにではなく、人のために弱さと貧しさとはずかしめを身に負うところにまことの命があるのです。

黄金・乳香・没薬

 博士たちはこの飼い葉桶のイエスに黄金・乳香・没薬をささげます。古代教会の時代から、黄金は王のしるし、神にささげられる乳香は神のしるし、死者に塗られる没薬はイエスがその死によって私たちを救う救い主であることのしるしであるとされてきました。博士たちは、イエスを王として、神として、救い主として告白するのです。

 それらはまた、彼らがこれまで占いとまじない、祝福と呪いとに使ってきた商売道具だったと理解することもできるでしょう。彼らは、これまでの自分たちの生き方を捨て、人の知恵によらず神の言葉によって歩み出そうとするのです。

他の道を通って

 彼らは「ヘロデのところに帰るな」とのみ告げを受けて「他の道を通って帰って行」きます。イエスと出会った人は、これまで歩んできた道を転換して新しい道を歩み出すのです。

イエスの世に

 それは、「ヘロデの世」を脱して、「イエスの世」に生き始めるということにほかなりません。力と富と栄光を求めて、信じることも愛することもできなくなり、ついに人であることを失うヘロデの道ではなく、信じればこそ、愛すればこそ、弱さと貧しさと辱めを甘んじて受け、まことの人として生きそして死に、そしてよみがえって永遠の命に生きるイエスの道にこそ、まことの喜びと希望とがあるからです。

 博士たちの旅はさらに続きます。そして今度は彼らが神の救いのあかし人となるのです。わたしたちもまた新しい年にあって、イエスの世に生き、主の道に歩みたいのです。 (2021年1月3日の礼拝のために)