読む礼拝


2024年5月26日(日) 主日礼拝
聖書:マルコによる福音書7章9-13節 
説教:「父と母を敬え」

1 「父と母を敬え」(十戒)


 主イエスの御言葉が続きます。前の箇所で、律法学者たちとファリサイ派の人々に対し、「神の戒めを捨てて、人間の言い伝えを固く守る」「偽善者」と表し、彼らの不信仰を指摘した主イエスは、今回の箇所では、具体例をもって、彼らが「神の戒めを蔑ろにしている」、「無にしている」と断定されるのです。主イエスはここで、主なる神様が、こう生きるようにと人間の生きるべき道を示された「神の戒め」が、人間の手によってどれだけ無意味なものにされてしまったか、いや、有害なものにされてしまったかを語ります。

 神の戒めを超えた人間の言い伝えを盲目的に信じ、またそれを広め教えることに終始する彼らに向かい、神の戒めに目が開かれるようにと、主イエスは彼らと対話を続けるのです。
 本物語で取り上げられた「父と母を敬え」という神の戒めは、出エジプト記20章(また申命記5章)にある十戒の第五戒の御言葉です(出20:12a,申5:16a)。十戒は、旧約聖書の時代に神様からモーセを通して人々に与えられた神の戒めの中核をなす戒めです。

 十戒を通して神様は、人間の生きるべき道を示しました。イスラエルの民をエジプトの苦難の中から導き出された神の恵みに基づき与えられた戒めは、神の(救いの)意志の現れであり、イスラエルの民は喜びと信頼をもってそれらを受け入れてきたのです。

 主イエスはそのような恵みの戒めである十戒の第五の戒めを取り上げます。第五の戒めは、一般的に言われる「親孝行」と異なり、父と母とを通じて神様の御言葉が子どもたちに伝達されるからこそ、父と母を敬わなければならない、という解釈のもとに守られるべき戒めです。

 神学者のカール・バルトはこの戒めに対し、「子どもに求められている親に対する尊敬は、外的な形式的な服従ではなくて、神がイスラエルに与えたもうた約束のみ旨を子どもに対して伝達してくれるものとしての親を尊ぶことである」と語り、父母に対する責任は信仰の問題であるとしています。

 もちろん、親子の関係は多岐にわたりますから、父母に対する子どもの義務も様々な面を持ち、(扶養などの)物質的な義務も含まれます。
この義務を放棄することは、10節で語られる通り、神様へ罪を犯した事になり、死刑に処せられます(出20:12,レビ19:3,申5:16)。

 厳しい戒めであることがわかります。しかしこの厳しさによって、信仰とは、神様に信従し、神様の戒めに真剣に向き合い、責任をもって与えられた務めに取り組くこと、ということがわかります。神様に従うというのは、神様の御言葉を聴くことから始まります。それだけではなく、神様の恵みに感謝し、応答して、神様の戒めを守る責任のうちに生きることが含まれるのです。十戒を通して神様は、人々が神様に誠実に従うかどうかを試されます。戒めを聴く時、信仰が問われているのです。

2 「コルバン」

 このような神の戒めに対し、信仰をもって誠実に取り組む人々がいる一方、義務から逃れるための「公式」を導き出した人々もいたのでした。その公式の一つが「コルバン」です。

「コルバン」とは、もともと「供え物」「犠牲」(レビ1:2,民7:3など)という意味を持つアラム語であり、新約聖書では神殿の金庫(マタ27:6)に捧げる供え物(マタ15:2)を指す言葉でした。自らの所有物に対し「これはコルバンだ」と唱えれば、神様への供え物とすることを誓うことになります。実際に捧げられなくとも、神様への聖なる物として、本来の目的に使えなくなってしまいます。

 つまり、父母に与えるはずのものに一言「コルバン」と唱えれば父母への義務は免除されるのです。その口実のもと、両親の扶養に必要なものを与えないことが可能となるのです。こうして父母への義務の不履行が習慣化していくことになります。

 更に悪いことに、「コルバン」と称したものは、実際に神様へ捧げるのではなく、言葉の上でだけのこととして処理されていました。「コルバン」による誓願は結局、神の名を用いて自己主張しているにすぎなかったのです。

 ファリサイ派の人々や律法学者たちが考案する「神様に対する義務と父母に対する義務とでは、いつでも神様に対する義務を優先すべきである」というもっともらしい公式を盾に、父母への義務を果たさず自らの財産の防衛にあたる人々の行いは、反聖書的であると主イエスはご指摘なさったのです。

3 神の戒めと人々の言い伝え

 「コルバン」だけではなく、「受け継いだ言い伝え」によって、「神の戒め」「神の言葉」を無にするような事柄が、たくさん行われていることを、主イエスは続けてご指摘されました。このような悪習が蔓延していたことがわかります。

 ファリサイ派や律法学者の人々の考えでは、言い伝えは神様の戒めに矛盾するものではなく、調和し補うものでした。神様の戒めを現実の中で解釈し、現実の中に定着させるためにこそ、言い伝えがある、と彼らは主張します。

 しかし、議論もなく、ただ習慣的に繰り返し、盲目的に言い伝えを信じる時、本来の解釈とのずれが生じたことに気づかないことが多いのです。そして神の戒めを守るための言い伝えが、神の戒めを越えて、人々を束縛することになります。ですから、主イエスは主なる神の御言葉と人の言葉とを峻別(しゅんべつ)されます(日本キリスト教会憲法第二条(信仰の規範)参照)

 もちろん主イエスは決して、聖書は一字一句そのまま唱えられ、伝えられていけばよいとおっしゃっているのではありません。聖書の御言葉はそのままではなく、現実に適用された、生きた御言葉とならなければいけないとおっしゃるのです。

 生きた御言葉は、必ず生きた応答を呼び起します。そのよう応答の中で、聖書の御言葉は世々に渡って解釈されます。時々の解釈は、その都度多くの欠陥を含んでいましたが、時代において真実なものとして、また信仰をもって、施されてきました。ですから、神の戒めを解釈して生み出されていった言い伝えは、それなりに良いことであるのは確かです。

 しかし、伝統や言い伝えと言った解釈が、聖書の御言葉以上の権威をもって、人を拘束するものとなり、伝えられてきたのであれば本末転倒です。神の戒めと現実の中で悩む誠実さを捨て去り、義務を放棄する容易さにとって代わってきたのであればそれは不信仰であるのです。主イエスはこれを「偽善」とし、厳しい言葉をもって正されるのです。

 本物語は、特に信仰者である私たちや、教会に向けてのメッセージであると言って過言ではないでしょう。そのため本物語は、信仰者と教会の現状を見直すきっかけを与えてくれます。福音書は問うのです。あなたたちは、ファリサイ派や律法学者のようになっていないかと。教会は「受け継いだ言い伝えで神の言葉を無にしている」場所になっていないか。主は、わたしたち一人一人にそう問いかけているのです。

 本日の御言葉を受けて、日本キリスト教会のある牧師は、教会に対し、生きた神様の言を語るようにと叱咤激励しています。先生は繰り返し生きた御言葉を語れと励ますと同時に、「繰り返される宗教的なきまり文句は化石となった言葉である」と注意しています。

 先生は、教会が神様の御言葉ではなく、口先だけで自動に出てくる化石化した人間の言葉を語っていないかどうか、よく吟味せよ、と注意を促しています。

 生きた御言葉の源泉は、聖書から溢れ出る神様の御言葉です。主イエスがおっしゃるように、言い伝えとは峻別して考えなければいけません。何よりもまず、神の御言葉を忠実に丁寧に汲み取り、教会は現実の言葉で語る使命が与えられています。

 言い伝えや伝統が様々にある現在では特に、今一度、神様の御言葉を聴くことが求められているのは言うまでもないでしょう。申命記4章2節には次のように規定されています。

 「あなたがたは私が命じる言葉に何一つ加えても、削ってもならない。私が命じるとおり、あなたがたの神、主の戒めを守りなさい。」

 主なる神の規定に則ることが求められています。私たちはそのことをまず真に恐れなければいけないでしょう。わたしたちは聖書をただ棒読みするのではなく、また人々の言い伝えをうのみにしたまま守るのでもなく、主の御心をできる限り忠実に解釈し、できる限り誠実に自分の現実をその内容に即さなければいけません。

 その際、言い伝えや伝統が解釈の手助けとなることは確かです。しかし「聖書のみ」の姿勢を忘れないようにしたいと思います。こうして、現実に即した生きた御言葉を生み、生きた応答を呼び、生きた教会を建てていくことへとつながります。誠実に主に従おうと努力する信仰者を、主は救い補い養ってくださることでしょう。

 教会は、生きた神の御言葉が溢れる場所として、喜びと幸いが溢れ出る場所となるために生きる者たちの群れであることを覚え、主に応え、歩んでいきたいと思います。


2024年5月19日(日) 主日礼拝(ペンテコステ礼拝)
聖書:使徒言行録1章8節 
説教:「聖霊が降ると力を受ける」

1 力の約束


 聖霊が降った日を覚えるペンテコステ礼拝を迎えました。ペンテコステ(ギリシャ語πεντηκοστή は「50番目」を意味する)は、日本語で聖霊降臨日と覚えられています。この日は聖霊が降ったことをお祝いするのと同時に、教会の誕生日としても覚えられています。聖霊が降ったその日、主イエスの証人としてたてられた使徒たちによって、主イエスの御言葉と出来事が宣べ伝えられ、キリストの教会が全世界に立てられていったからです。

 キリストの教会は、主イエスが生まれたクリスマス、主イエスが復活したイースターとともに、聖霊が降臨したペンテコステを、三大祭日として今も大切に覚えています。

 ペンテコステを迎えるこの日、マルコによる福音書の講解を一旦お休みし、使徒言行録から聖霊について思いを馳せたいと思います。特に、よみがえられた主イエスの聖霊について語られた二つの御言葉を取り上げ、聖霊とは何かを共に考え、そしてペンテコステの日を共にお祝いしたいと思います。

 さて、本日共に聴きました聖書の御言葉は、よみがえられた主イエスが聖霊について言及した御言葉の一つです。使徒言行録1章には、聖霊に関する主イエスの二つの御言葉が残されています。使徒言行録1章4―5節の御言葉と、本日共に聴きました御言葉(使徒1:8)です。この二つの御言葉は共に共鳴し合い、聖霊について語ります。

 使徒言行録1章4-5節の御言葉をも振り返ることで、本日の御言葉をより深く味わうことができますし、逆もまた然りです。本日は日曜学校の教案に沿って1章8節のみを聴きましたが、二か所の御言葉を取り上げながら、聖霊についての知恵を深めていきたいと思います。まずは、本日与えられた聖句を見ていきましょう。

 よみがえられた主イエスは、「イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」と問う使徒たちに、次のように答えました。

「父がご自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。ただ、あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、さらに地の果てまで、私の証人となる。」(使徒1:7-8)

 この御言葉は使徒たちの問いに直接的な答えを出していません。もちろん、使徒たちの問いを蔑ろにしているわけでもありません。代わりに、聖霊が深くかかわっていることを主イエスは示し、問いの答えとしています。聖霊がいつ降るのかは、「父がお定めになる」として、主イエスは明確にしませんが、代わりに聖霊が降ることによって、力を受けると明言されます。

 聖霊が降ることによって授かる「力」とは、1章8節後半から、主イエスの証人として地の果てまで宣教や派遣に行く力であることは間違えないでしょう。聖霊に力を得た人々は、主イエスの証人として主イエスを宣べ伝える宣教へと遣わされるのです。主イエスがいたこと、主イエスが復活されたこと、主イエスの御言葉、主イエスの業、そして父なる神さまの御心を宣べ伝えるための力が与えられることが約束されています。

 しかし8節の御言葉だけを見ると、派遣命令に重きが置かれ、聖霊が降ると無理矢理主イエスの証人として派遣させられるかのように聞こえるかもしれません。しかしこれは派遣命令ではなく、主イエスが残してくださった福音(良い知らせ)です。この御言葉が福音としての性質を持っていることは、主イエスが残してくださったもう一つの約束(使徒1:4-5)と共に聴くことで明らかになるでしょう。ですからここで、使徒言行録1章4-5節の御言葉も見ていきたいと思います。

2 洗礼の約束

 十字架の死からよみがえられた主イエスは、40日に渡って弟子たちにご自身が生きていることを数多くの証拠をもって弟子たちに示しました。また「聖書全体にわたり、ご自分について書いてあることを解き明かされ」(ルカ24:27)、「神の国について話された」のでした。神の国の話は主イエスの宣教の要でありますから、使徒たちはすでに聴いていたことでした。

 使徒たちにとっては神の国の話は復習であり、さらに答え合わせとなったことでしょう。使徒たちはこの40日間、よみがえられた主イエスとともに過ごすことで、語られた御言葉が「真実」だったことを確信するに至ったのです。

 主イエスとの40日間は、使徒たちにとって特別なものだったことでしょう。使徒たちはその中で、主イエスと共に過ごした日々と、与えられた御言葉と出来事を思い返しつつ、主の御言葉が成し遂げられたことを実感したに違いありません。そのような交わりの中、主イエスは食事の席で使徒たちにこのように命じております。

「エルサレムを離れず、父の約束されたものを待ちなさい」(使徒1:4)。

 この命令は、主イエスの示しと教えと同様に、40日間の間繰り返し行われたのでしょう。主イエスは新しい命令をも、使徒たちの心に刻み付けられていくのです。この命令において主イエスは、「父の約束されたもの」を待てと言われました。「父の約束されたもの」とは「聖霊」のことです。

 1章5節と8節に登場する「聖霊」という日本語訳は、ギリシャ語では「聖なる」(形容詞)「霊」(名詞)という二つの単語からなります。ギリシャ語で「霊」(πνεῦμα(プニューマ))とは「呼吸」「生命の息」「魂(Ψυχή(プシュケー))のごときもの」「体を奪われた死人」と多岐にわたる語源を有していますから(聖書にも多くの「霊」(一単語)が登場します。文脈によって「霊」の意味は変化し、日本語聖書には、「霊」一単語の場合でも、「聖霊」と訳されている箇所もあります)、

「聖なる」(ἁγίος(ハギオス))という形容詞が付く時、聖そのものである神様からくる霊という意味が強調されています。そのために、「父の約束された」「聖霊」は、父なる神様から直接与えられるまぎれもない聖なる霊であることが強調されることになります。

 この父なる神様から注がれる「聖霊によって洗礼を受ける」と主イエスは続けるのです。ここで主イエスは、洗礼者ヨハネの水による洗礼と対比させて、聖霊による洗礼を語ります。

 洗礼とは簡単に言えば、聖書によってご自身を示された創造主でありすべてを治めておられる唯一の神様に背いてきた罪を告白し、身を洗い清め、身も心も主に従うことを誓う儀式ということができるでしょう。洗礼者ヨハネは人々に悔い改めを訴え、罪を告白した人々に対し、ヨルダン川の水に浸す儀式を行っていました。

 一方主イエスは、聖霊によって洗礼を受けることになると約束されます。父なる神様が聖霊を送ってくださり、洗礼を受けることになるということは、父なる神さまが罪を赦してくださることを約束されていることになるのです。

 洗礼者ヨハネは、人々自らの悔い改めと罪の告白を基に、水による洗礼を授けていました。しかし、聖霊による洗礼は違うのです。父なる神様からの一方的な罪の贖いなのです。聖霊が降ることにより、罪は洗い清められたことが私たちに烙印のように刻み付けられていくのです。

 もちろん、聖霊が降ったから、水による洗礼を受けなくて良い、ということではないでしょう。罪の自覚と悔い改めと罪の告白は、罪人にとって欠かせないものです。全福音書は、洗礼者ヨハネの活動を記し、水による洗礼の重要性を語っていることからも明らかです。

 しかしそれだけでは真に人は罪赦されない事を覚えなければいけないでしょう。罪を赦すのはまさに主なる神様だけです。人は罪を告白し、主に従い、待つしかないのでした。しかし、主なる神さまは主イエスを通して、赦しが実現されることを宣言されたのです。

3 罪赦された者に宿る力

 使徒言行録1章4節5節の御言葉を語られた後、天に昇られる前に主イエスはもう一度聖霊について言及します。8節では、聖霊が降ることによって力が与えられることが約束されていました。聖霊が降ることによって与えられる力は、4、5節の御言葉で語られていること、つまり父なる神さまが聖霊によって一人一人の罪を洗い清め、赦されることに基づく力です。この意味で、聖霊によって受ける力とは、罪赦されたことによって、元気づけられ、勇気づけられ、前を向いて力強く生きるための力、つまり、生きる力が与えられることを意味します。罪赦されたことへの感謝と喜び、そして父なる神様からの愛を知った者の安心と安全が与えられるゆえに、力が与えられるのです。

 個々に与えられた力は、個々の内に留まることなく溢れだします。父の贖罪の喜びは溢れんばかりに大きく個々に収まりきれないからです。喜びを糧にする力は、外にもあふれ出します。父なる神様の救いが実現された喜びを、すべての人々へと伝える旅に駆り立てていくのです。その結果、救いが伝達され、イザヤ書に書かれているような世界が実現していくことでしょう。

 聖霊による洗礼を受けた者は、自らが経験した救いの実現とその喜びを他者へと宣べ伝えずにはおれない力を受けます。父なる神様の救いは、主イエスによって伝えられ、主イエスの復活により成し遂げられました。ですから、聖霊を受け、力を得た者たちは、主イエスの証人となり、主イエスを全世界に宣べ伝えるのです。福音を共有する世界の実現したとき、国を建て直すことつながるでしょう。

 それゆえ聖霊が降ることによって与えられる力とは、良き知らせを告げ知らせる力であることがわかります。良い知らせを伝える者の足は、なんと美しいことか!(イザ52:7)
聖霊が降ったその日、使徒たちが宣べ伝えた福音を受けて、私たちもまたその幸いの中にいます。聖霊は今も私たちの上にも注がれ続けていることを覚えて、私たちも今その幸いの内にいることを覚えて、聖霊降臨日をお祝いするのです。

 喜びに打ちひしがれ、主イエスを宣べ伝えていきたいと思います。主イエスを証しし、福音を地の果てにまで宣べ伝える力は、聖霊がもたらしてくれることを信じて、讃美と感謝の祈りを共にささげたいと思います。


2024年5月12日(日) 主日礼拝
聖書:マルコによる福音書7章1-8節 
説教:「その心は私から遠く離れている」

1 遠く離れた心


 「この民は唇で私たちを敬うが/その心は私から遠く離れている。/空しく私を崇め/人間の戒めを教えとして教えている。」主イエスはファリサイ派の人々と律法学者たちに対して、旧約聖書のイザヤ書29章13節の御言葉を引用し、彼らの偽善を指摘します。「偽善者」という強い言葉と相まって、物語には緊張感が漂います。しかし、学びや対話は、相互間の然りと否を繰り返す中で深まっていきます。腹を割って話すそのとき、信頼関係は深まるのですから、主イエスはこの時、エルサレムから来た律法学者の人々と律法学者たちと腹を割った対話を望んでいたのではないでしょうか。

 これまでも主イエスは対面する一人一人に合わせることにおいて、より深く交わろうとしてきました。汚れた霊には「神の聖者」として(マコ1:25)、また「神の子」として対峙し(3:11)、民の前では「医者」のようであり(2:17)、また「羊飼い」のようでした(マコ3:30ff)。会堂では「教師(ラビ)」として、弟子の前では、「師」として振る舞うのでした(1:16ff,1:21ff等)。
 そして宗教的指導者の前では、対等な立場で振る舞ってきたのです(マコ2:23ff,3:1ff)。聖書に精通し、よく議論し、間違えを指摘し合い、神の御心を尋ね求める指導者として彼らと交わる姿が今までも描かれてきました。

 もし私たちが主イエスに倣うのであれば、ここにもう一度、ファリサイ派や律法学者たちが一概にキリスト教徒の敵対者ではないということを確認しておかなければいけません。今まで多くの神学者が、彼らを敵対者としてのみ見て来、彼らの思想を避けることに専念してきました。

 しかし、敵対者、無理解者、不信仰者、罪人、そのようなレッテルを張るとき、人は人を否認してしまいます。結果、対話はなくなり、争いを生み出すことにつながるのです。キリスト者は常に、主イエスのように相手を受け入れる姿勢を持つことが必要でしょう。特に律法学者やファリサイ派の人々は、旧約聖書に精通し、主の御心を求め、主の前に清くあろうとし、伝統を重んじ、よく学び、よく励んでいた一人の信仰者であることを忘れてはいけません。今まで福音書が伝えてきた主の姿を思い起こしながら、本日も共に聖書に聴いていきたいと思います。

2 ファリサイ派と律法学者

 7章の最初の物語で、ファリサイ派と律法学者が再度登場します。ここで再度、ユダヤ人の宗教と社会についておさらいしておきましょう。当時のユダヤ社会は、ローマ帝国の支配下にありましたが、宗教については(ある程度)自由が認められていましたので、ユダヤ人たちは聖書を通してご自身を証しされた唯一の神様を信仰し、神の言葉である聖書を聖典としていました(この時代の聖書とは、私たちキリスト者が旧約聖書と呼ぶものです)。ユダヤ人たちは聖書の中でも創世記から申命記の五つの書簡をトーラー(律法)と呼び、十戒を始めとする神様から与えられた規定を法として順守していました。

 トーラーは、通称「モーセ五書」と呼ばれております。その名の通りモーセが書き記した書簡と考えられていたからです(現代ではそれは否定されています)。ですからトーラー(モーセ五書)は「記述律法」(「成文(本となった)トーラー」)と呼ばれるようになりました。これに対し、「口伝律法」と呼ばれるものがあります。

 トーラー(モーセ五書)を一度ご覧になった方はその細かさと難解さに辟易した経験があるかもしれません。そのため、法規定に関する解釈や分析や議論が必要になりました。トーラーの実用化のために、そこでユダヤ指導者のラビ(教師)が集められ、数百年の長い年月をかけて論じられ(始まりは紀元前6世紀ともいわれている)、解釈され続け、細かな規定が考案され、施行されてきました。

 こうして伝えられたトーラーの解釈を「口伝律法」と呼びます。「口伝律法」は「父祖の伝承」とも呼ばれ、ユダヤ人の守るべき規定という位置を獲得し、また大切な伝統として、トーラーに並ぶ第二の律法となり、主イエスの時代にも順守されてきたのです。

 ユダヤ人社会はトーラーの「記述律法」とラビ達が語りつないできた「口伝律法」の二つの律法によって社会を形成し、司法と行政を行っていたのです。二つの律法を柱とし、サンヘドリンと呼ばれる最高法院が立てられたのですが、その構成員の内の一人が、律法学者でした。律法学者は貴族議員とともに「民の長老」(Ⅰマカバイ7:23)と呼ばれて民を指導していたのでした(この制度は、日本キリスト教会が長老制を謡っていることに似ているといえるでしょう)。

 次にファリサイ派の人々についても見ておきましょう。ファリサイ派とはユダヤ人の宗教を代表する三つの宗派の一つです(サドカイ派、ファリサイ派、エッセネ派)。ファリサイ派は、サドカイ派の貴族集団と一線を画す宗派でした。ファリサイ派は、サドカイ派が特権的少数の貴族集団だったのに対して、大衆を味方につけた集団でした。

 その人数は6000人にも上ったと言われています。サンヘドリンの議員後世においてはサドカイ派に引けを取ったが、大衆の支持を得て、議会では大きな影響力を持っていました。

 彼らは(サドカイ派と違い)「記述律法」と同等の権威を「口伝律法」に置いています。「記述律法」の律法違反を防ぐための予防線としての「口伝律法」に熱心に守っていたのです。律法学者の多くが、ファリサイ派に属していました。ですから、律法学者たちやファリサイ派の人々が主イエスと対面した時、「口伝律法」に違反するかしないかの問答が繰り広げられています。

 彼らにとって「口伝律法」を守る、守らないは、神の前で「清い」か「汚れている」か、といった大きな問題でした。彼らは「口伝律法」を守らない者を宗教的に「汚れた者」と見ました。ユダヤ人の法を知らない異邦人を始め、律法を知りつつ、食物規定や本物語に記されている清浄規定を守らないユダヤ人、そして貧困などのいかなる理由があろうとも十分の一税を遵守しないユダヤ人(土地の民:アム・ハアレツ。ヨハネ7:49参照)を、宗教的汚れとみなし、差別の対象としました。本物語で主イエスが指摘したのは、ここでありました。

3 偽善者

 律法学者やファリサイ派の人々が初めて登場した時から、彼らが問題として取り扱ってきたのは、宗教的汚れや罪についての問題でありました。(厳密には律法学者の名称は1章22節に出てきますが、)まず律法学者たちが実際に主イエスと対面します。マルコによる福音書2章6節です。そこでは、「罪の赦し」についての問答が繰り広げられていました。

 ファリサイ派という名称は2章18節に出てきます。洗礼者ヨハネの弟子たちとともに断食を守るユダヤ教の信仰者の代表として人々の話題に上がっています。ここでは「断食」についての問いが投げかけられています。

 ファリサイ派の人々は、「安息日」についての問答で、主イエスと初めて対峙します。ファリサイ派の人々は、「口伝律法」の安息日規定を守らない主イエスの弟子たちを違反者として、その師である主イエスに訴えるのでした。この問いは3章1節以下でも繰り広げられています。そして今回は、「手を洗わない」という規定について、主イエスを訴えるのです。

 形を変え、品を変え、律法学者やファリサイ派は「口伝律法」を守らないことで、主イエス一行を攻め立てようとしているのがわかります。しかも今回のファリサイ派と律法学者は、首都エルサレムから来ているのですから、その権威はガリラヤのそれを上回ることでしょう。

 昔の人の言い伝え、つまり「口伝律法」の権威を頼りに主イエスを論破しようとするファリサイ派の人々および律法学者たちに対し、主イエスはいつも一つの権威に則り彼らと対峙します。主イエスは父なる神様の御心と御言葉が記された聖書の権威に立っていたのです。いつまでも自分の知識と昔の人の言い伝えに権威の根拠とする指導者たちを、主イエスを主イエスは「偽善者」と表現し、彼らの過ちを指摘するのです。

 「偽善者」という訳は、厳しい批判の言葉のように聞こえますが(古代ギリシャ語では「役を演じる」とか「役者」を意味する言葉ですから)ここはむしろ、無意識のうちに神様から自分を遠ざけている人、つまり「不敬虔な人」の行動による矛盾を指摘しています。親切そのものや敬虔そのものではなく、親切らしく、敬虔らしく演技し、自他ともに名演技に陶酔していることを訴えているのです。主イエスの訴えは、イザヤ書に記された聖句を根拠としております。

  「この民は唇で私たちを敬うが/その心は私から遠く離れている。/空しく私を崇め/人間の戒めを教えとして教えている。」

 主イエスは昔の人の言い伝えである「口伝律法」を守るあまりに、また受け入れるあまりに、聖書に規定された神の言葉が蔑ろにされている現実を指摘します。差別を生み出してしまうのは、神の求める事だろうか。決してそうではないではないか!と、主は厳しく訴えるのです。

 清さを守ろうとするあまりに、境界線を作り上げ、人を差別することを主なる神が望んでおられるわけがありません。汚れを放置し、差別することで、自らを清く保つことなど言語両断なのです。そして、物語は偽善にあたる具体例が提示されることによって深まっていくのです(次回に続く)。


2024年5月5日(日) 主日礼拝(合同礼拝、日曜学校日)
聖書:マルコによる福音書6章53-56節 
説教:「皆、癒された」

1 はじめに(子どもたちを覚えて)


 湖の上を歩いて舟に近づくイエス様を幽霊と勘違いし、恐れ、叫び声を上げる弟子たちに、イエス様は優しく声をかけました。「安心しなさい。私だ。恐れることはない」。イエス様は、湖を歩いて渡る奇跡の力を持つが幽霊ではないこと、この世に生を受け、肉(からだ)をもって活動していることを伝えます。「私だ。私は(ここに)いる」とおっしゃるイエス様の声は優しかったことでしょう。

 また、それだけではなく聖書はイエス様が弟子たちを見守っていたと書いています。そして御言葉を通して、傍にいる事、そしてこれからも共に旅を続けて下さることを約束してくださったのです。しかし、弟子たちは、心の中で非常に驚くことしかできませんでした。心がかたくなになっていたのです。心がかたくなると、物事を素直に受け入れることができなくなります。

 弟子たちは、イエス様を受け入れられない状態に陥りました。イエス様と多くの時間を過ごすことにおいて、人の思いを超えた新しい経験を次々にしてきた弟子たちは、頭と心の整理ができていなかったのかもしれません。心は頑なになり、弟子たちは(未だに)不信仰の中にいたのでした(マコ4:35-41「なぜ怖がるのか。まだ信仰がないのか」)。不信仰とは、イエス様のことを信じ信頼できない状況のことを言います。

 それでは弟子たちは初めからイエス様を信じ信頼していなかったのでしょうか。少なくともそうではなかったでしょう。弟子達こそ、イエス様を喜んで受け入れ、信じ信頼して、よく学び、よく仕えていたことをマルコによる福音書は記していました。

 しかし、よく学び、よく知り、そして特別な地位を与えられた人が、従順さを失う時が時々あるのです。子どもの頃素直にできていたことが、大人になってできなくなることも多々あるように、成長による弊害が数多くあることはこの世の常でしょう。

 信頼よりも疑いをもって物事に取り掛かったり、頭ですべてを考えてしまったりしてしまうのです(もちろんすべてを否定するわけではありませんが)。そしてそれは信仰者の成長過程でも起こるのです。学びを深める中、イエス様に従う中、信仰者こそ「不信仰」に陥ることがあることを、心をかたくなにする弟子たちの姿は伝えます。

 それが前回までのお話でした。弟子たちは今後、ますます心がかたくなになっていき、ついにはイエス様のもとから離れてしまうのです。後にイエス様は、このような御言葉を残しています。「子どものように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない」(マコ10:15)。「子どものように」とは素直な心で、疑うことなく言葉に耳を傾け、信頼し続け(believing in)、身を委ねる姿のことを子どもにたとえた表現です。

 約束された一つ一つの事柄が、現実となる日のために準備して、ワクワクして待ち望む子どもたちの姿はいつも、信仰とは何かを教えてくれます。信仰は、イエス様のことを喜び、その御言葉に希望をもって聴き従う中で、成長し、芽映え、育っていくのです。
 
 ですから、イエス様は子どもたちを側に招き、「子どものように受け入れよ」という命令をするのです。信仰者の姿を子どもたちから学べとイエス様は伝えます。私たちもまた、本日「日曜学校日」を覚え、子どもたちと共に礼拝を守る合同礼拝の時。また日本では「子どもの日」が祝われている今日。子どものような信仰を、子どもたちから深く学ぶ日にしたいと思います。
 
2 人々の信仰

 そうはいったものの、本日の聖書の箇所は、子どもは一切出てきません。しかし、本日の聖書の箇所は子どものようにイエス様を信じ信頼する人々が登場します。この人々の姿から、私たちは子どものようにイエス様を求める信仰について学ぶことができるでしょう。それでは本日の聖書の箇所を共に見ていきたいと思います。

 さて、イエス様一行は、ゲネサレトの地に着きました。この地は、出発前の目的地であるベトサイダとは別の場所でありました。ベトサイダはガリラヤ湖の北東にあり、一方ゲネサレトの地はガリラヤ湖の西側に広がる地です。なぜ、最初の目的地と違うところに着いたのかは諸説ありはっきりわかりませんが、様々な要因で目的地と到着地が変わることは充分考えられることです(使徒16:6-10等参照)。

 大切なのは、イエス様のおられる場所ではどこでも、御言葉と業とによって福音が実現し、宣べ伝えられるということです。本日の聖書の箇所も、イエス様が物語の中心にいます。しかしより、病人をイエス様の下に運ぶ人々の行動に光があてられていることに注目しましょう(マコ2:1-12)。

 この人々はゲネサレトの地に住む人々でした。ゲネサレトの場所は、聖書の巻末の地図9番にも明確には表記されていませんが、赤字で「ガリラヤ」と書かれてある部分にゲネサレト平原が広がっていたようです。ガリラヤ湖の別名が「ゲネサレト湖」と呼ばれるほど、ゲネサレトという名は当時の人々になじみのある名前でした(ルカ5:1)。また、ゲネサレトは「大臣の庭」とたとえられ、実のならない植物は一つもないと言われるほど、豊かな土壌が広がっていたようです(ヨセフス「ユダヤ戦記」)。

 豊かな土地でイメージされるゲネサレトの地で、イエス様一行を待ち受けていたのは、病人のために癒しを求める人々でした。「人々はイエスと知って、その地方全体を走り回り、病人を床に載せて、どこでもイエスがおられると聞いた場所へ運び始めた」。聖書が伝えるゲネサレトの人々の姿は、マルコによる福音書2章に登場した病人を運ぶ四人の男たちの姿と重なります(2:1-12)。イエス様は、ゲネサレトの人々の内にも四人の男と同様に信仰を見出したのでしょう。結果、病人は「皆、癒された」のです。

 ところで、ゲネサレトの人々は弟子たちの宣教を聴いていたのでしょうか。はたまた、イエ ス様の噂がここにも広まっていたのでしょうか。いずれにせよ人々は、自分のためではなく病人の癒しのために、イエス様の下へ集まります。人々は「せめて衣の裾にでも触れさせて欲しい」と願っていました。

 衣の裾とは、旧約聖書に出てくる衣服の房のことだと言われています(民数15;38-39,申命22:12)。ユダヤ人男性は衣服の四隅に房を作り、その四隅の房に青いより糸を付けていました。この房を見て、「主の戒めをすべて思い起こし、これを行うように」と命令された神様の御言葉を思い出すためです。

「主の戒め」というのは、旧約聖書の時代に主なる神様から与えられた十の戒め「十戒」のことを指します。十戒を思い起こすことは、人の罪を思い起こすことにつながり、悔い改めの祈りとなります。主の戒めである十戒を思い起こし、罪を自覚するための房に触れて癒されるというのは、興味深いことです。

 主イエスの御言葉である「悔い改めて、福音を信じなさい」(マコ1:15)と同様、罪の自覚と悔い改めの上に、奇跡が起こることが暗示されているのでしょう。

 ただ、房に触れることで「皆、癒された」という結果は、このまま受け入れるのであれば迷信に近い表現です。しかしここに、四十年間も出血に悩まされた女性の奇跡物語を思い返す必要があるでしょう。マルコによる福音書5章21節以下の奇跡物語です。出血の止まらない女性は主イエスを信じ信頼し、癒されること願い、後ろからイエス様の衣に触れます。

 彼女の行動が迷信に近いものだったとしても、彼女の信仰を(それはほんの小さな信仰であったにも関わらず!)イエス様は見出し、その思いすべてを受け止め、彼女を許し、癒されたのでした。本日の物語の6章56節が、彼女の奇跡物語とつながっているのは確かでしょう。そして「皆、癒された」のですから、人々が彼女と同様の信仰を持っていたことは明らかなのです。

 イエス様を信じ信頼する信仰を持たなければ、奇跡が起こらないこともすでに記されていました。マルコによる福音書6章の初めの物語です。故郷ナザレでは人々の不信仰ゆえに、イエス様は奇跡を成すことができなかったと記されています。イエス様の力によって奇跡が起こる事は確かなのですが、イエス様の御言葉と業を信じ信頼してその身を委ね従うという人々から応答がなければ、奇跡は起きないことがそこに記されていました。

 受けた者の応答によって奇跡が起こる。そのことは、イエス様がただ奇跡を与える一方的な交わりを求める方でなく、人と人とが相互に交わる人格的な交わりを求める方であることを伝えます。イエス様を信じ信頼し、病や病人を委ねていく、信仰が必要となってくるのです。

3 信仰と不信仰

 このように、マルコによる福音書は今まで語られてきた物語たちを結び付けながら、「皆、癒された」という結論において、(弟子達ではなく他の)「人々」の信仰が強まり、進歩していることを物語っていきます。「人々」の行動は迷信的で、今にも崩れそうな危うい信仰に見えるかもしれません。

 しかし整っていない信仰を、イエス様は認めてくださいました。なぜならイエス様を信じ信頼し、イエス様を求めたからです。そこには教理や御言葉の理解はありません。しかし人々がイエス様の御言葉の意味が分からないから信仰がないのではなく、ましてや教理がわからないから信仰者失格ではないのです。わからないままでも、小さな信仰でも、イエス様は認めてくださる、そのことを本物語は伝えます。

 私たちもまた、弟子でもファリサイ派にも属さない人々の信仰を覚え、この人々のように、また子どもたちのように、イエス様をまっすぐに信じ、信頼し、イエス様を求めるものでありたいと思います。

「求めなさい。そうすれば、与えられる。
 探しなさい。そうすれば、見つかる。
  叩きなさい。そうすれば、開かれる。
  誰でも、求める者は受け、探すものは見つけ、叩く者には開かれる」
 (マタイ7:7-8)