読む礼拝


2026年2月15日(日) 主日礼拝
聖書:マルコによる福音書15章33−39節
説教:「まことに、この人は神の子だった」

1 暗闇


 十字架刑の苦しみだけでなく、人々のあらゆる誹謗中傷を一身に受けながら、イエス様はなお沈黙しておられました。

 十字架にかけられて三時間。時は正午を迎えます。

 そのとき、「全地が暗くなり、三時まで続いた」と記されています(マコ15:33)。

 この時期、すなわち春の過越の時期に皆既日食や部分日食が観測された可能性を指摘する声もあります。

 しかし通常、日食は新月のときに起こる現象であり、満月の時期に祝われる過越祭とは天体の配置上、整合しないという意見もあります。

 また、地震や砂嵐などによって空が暗くなった可能性を挙げる説もあります。

 さまざまな説明が試みられてきましたが、この出来事を単なる自然現象ではなく、神の特別な御業、すなわち奇跡として受け止める立場も存在します。

 そこで、皆さんのお手元にある聖書協会共同訳聖書の「引照・注付き」を参照しますと、33節の参照箇所としてアモス書8章が示されています。

 つまりこの翻訳は、この暗闇を預言の成就として、神の働きの中で理解しているのです。

 私たちもその流れに従い、アモス書からこの出来事を考えてみたいと思います。

 預言者アモスは、主なる神の御言葉をそのまま語りました。

「終わりの日」と題された箇所において主なる神様はこう言われます。

「その日になると/私は真昼に太陽を沈ませ/白昼に地を暗くする。」(アモ8:9)

 続けて、祭りの喜びは喪へと変わり、歌は哀歌へと変わる。

 パンや水への飢えをはるかに超えた、「主の言葉」への飢え渇きが地を覆う(アモ8:10-14)と語ります。

 そこに記されているのは、神様によって語られた、さばきの日、終わりの日の徴です。つまりマルコが描くこの瞬間、十字架のもとで預言が成就し、「終わりの日」が始まっていたと、聖書は語っているのです。
 
「終わりの日」は本来、神に背を向けた人々の上に臨むべき出来事でした。

 しかし今、その終末の闇は、一人の方の上に凝縮しているのです。

 その闇の中で、イエス様は大声で叫ばれました。

「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか。」(マコ15:34)

 今まで、多くの苦しみを耐え忍んできたイエス様の叫び。それは、この終わりの時がいかに悲惨かを物語っています。

 神とその言葉を見出せない苦しみにイエス様は絶叫するのです。

 このような子の絶叫に対しい、父なる神は応答されません。

 神様は沈黙なさったのです。

「見捨てられた」という現実が、ますますイエス様を襲います。

 イエス様は、見捨てられた者が立つその場所の極限に、確かに立たれたのです。

 まさにそこは、神の臨在が隠され、神がいないとしか思えない「死の影の谷」(詩23:4)でした。

2 主の叫びを聞いた人々の反応
 
 一方、この天地の異変を目撃した人々がいました。

 十字架を取り囲んでいた人々です。

 それはこれまで登場していた「イエス様を嘲る人々」でした。

 人々は真昼に太陽が暗くなるこの異常な出来事の中に、神の働きを見たことでしょう。

 人々の中には、祭司長たちや律法学者たちもいたので、アモスが語った終末の預言を知る人もいたはずです。

 そうした者たちは、この出来事に神の怒りを感じたことでしょう(ヨエ2:10-11、ゼファ1:15、アモ5:18,20、イザ13:10、黙6:12-13など参照)。

 そして自らに問いかけたに違いありません。

 神が激しく怒っておられる。その怒りが、自分たちに降りかかるかもしれない。

 こうした恐れが、沈黙の形で現れます。天地が暗くなり、イエス様が叫び声を上げるまでの三時間、あれほど激しかった誹謗中傷は一切描かないのは、そのためではないでしょうか。

 人々はこの出来事の前に、黙することしかできなかったのです。

 
 神の怒りによって裁かれるのはイエス様を嘲笑った人々なのか、それとも「ユダヤ人の王」なのか。

 十字架の現場に緊張が走ります。

 三時間の沈黙が、その緊張をいっそう際立たせます。

その沈黙に決着をつけたのが、イエス様の大声です。イエス様は叫ばれます。

「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか。」

 その声を聞いたとき、人々は神の怒りは十字架上の「王」に下ったのだ、と理解したのでしょう。

 閉じていた口が再び開きます。

「そら、エリヤを呼んでいる。」

「待て、エリヤが助けに来るかどうか見ていよう。」

 水を得た魚とはまさにこのことでしょう。

 嘲りは更にエスカレートし、イエス様の意識を混濁させないために気付け薬として酢を含ませた海綿を差し出しながら、彼らはなお嘲り続けたのです。

 この時、人々はこう思ったのでしょう。

 この男は神にも見放されたのだ。

 だから、私たちの主張は正しかった。

3 大声と沈黙
 
 しかし、彼らの考えは本当に正しかったのでしょうか。

 私たちは今一度、イエス様の御言葉に耳を傾けたいと思います。

 イエス様は確かに、父に見捨てられた者が立つその場所の極限に立たれました。

 しかしその場所においてなお、「わが神」と呼び続けられたことに、私たちは注目したいのです。

 十字架において、死の深淵において、神の祝福はイエス様の前から隠されました。

 しかし神との関係そのものが断ち切られたのではないということがこの叫びからわかります。

 御子は、そのような深淵をみずから担われたのですが、神の不在を感じる極みの中にあってなお、神に向かって祈りを捧げているのです。

 そして父なる神もまた、その叫びを沈黙のうちに受け止めておられたのです。

 またイエス様の叫び声は、詩篇22篇の引用であると言われています。

 今月の初めから読み進めてきた詩篇22篇は、絶望の叫びから始まりますが、やがて賛美と信頼へと導かれていきます。

 イエス様がその詩篇を口にされたとき、その叫びは単なる絶望ではなく、なお神にすがる信頼の叫びでもありました。
 
 イエス様はインマヌエルと呼ばれる方――つまり、神は私たちと共におられる、ということへの確信を体現する方です。「死の影の谷を歩むとも」(詩23:4)、神を信頼しその身を捧げていくのです。

 確かに十字架上の叫びに、神は沈黙されました。

 しかしその沈黙は、無意味な沈黙ではありません。

 それは御子を滅ぼすための裁きではなく、ましてや父と子の断絶を意味するのではなく、私たちが受けるべき裁きを御子が引き受けられるという、救いの出来事に伴う沈黙でした。

 そこは決して、神がいない場所ではなかったのです。

 ですから、主が大声と共に息を引き取られたとき、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けたのです。

 この時神様は沈黙を貫かれるのですが、イエス様が洗礼を受けた時、天が裂け、神様の声が響きました(マコ1:9-11)のと同様なことが起こります。

 つまり今度は、神殿の垂れ幕は裂かれていくのです。

 これは年に一度、大祭司だけが入ることを許された至聖所、神と人との間に厳しく引かれていた境界です。

 しかしそれが、神様によって取り除かれたのです。独り子の犠牲によって、救いの道は確かに開かれたのです(ヨハ3:16)。

4 目が開かれた者

 残念ながら人々は、それに気づきませんでした。

 イエス様がかつてこう語られたことを思い出します。

「あなたがたには神の国の秘義が与えられているが、外の人々にはすべてがたとえで示される」(マルコ4:11)。

 十字架に起こった出来事は、まさに神の国の秘義そのものです。

 それをただの「たとえ」と見るのか、それとも神の救いの出来事として目が開かれるのか。

 それが今、問われています。

 この問いに、誰もが答えを見いだせないと思われたそのとき、その十字架のただ中で、この出来事を正面から見据えた者が、一つの告白へと導かれたのです。

それが、百人隊長でした。

 彼は宗教的な期待を抱いていた人物ではありません。

 イスラエルの預言を学んできた者でもありません。

 イエス様についてきた人でもありません。

 ただ処刑の執行を見届ける責任を負った、一人の異邦人の兵士でした。

 しかしその彼が、イエス様の最期を目撃し、その死に方を見て、思いもよらぬ言葉を口にしたのです。

「まことに、この人は神の子であった。」

 当時、ローマ兵にとって「神の子」とはローマ皇帝に帰せられる称号でした。

 百人隊長もそう告白する者であったことでしょう。

 しかしその常識が今彼の中で覆ったのです。

 彼が見たのは、力による勝利ではありませんでした。

 天が裂けて軍勢が下る光景でもありませんでした。

 彼が見たのは、暗闇の中でなお神を呼び続け、最後まで神に信頼を置き、そのようにして息を引き取られたお方の姿でした。

 神の沈黙のただ中でなお崩れない信頼。

 そのようにして息を引き取られた主の姿が、彼の目を開いたのです。

 三時間の闇。神の沈黙。人々の嘲り。そして十字架の死。

 しかしその沈黙は敗北のしるしではなく、救いが成し遂げられるための沈黙でした。

 裁きは人々にではなく、御子の上に下りました。

 だからこそ今、裁きにおびえていたはずの世界に、赦しの道が開かれているのです。

 十字架は、神がいない場所ではありません。

 むしろ私たちが「神はおられない」と感じるその最も深い場所にまで、キリストが先に立ってくださった出来事です。

 神の沈黙を、主は私たちに代わって担われました。

 だからこそ私たちは、沈黙の中にあっても神を呼ぶことができます。

 闇の中にあっても、「わが神」と祈ることができるのです。

 百人隊長の告白は、特別な人のためのものではありません。

 十字架を正面から見上げるすべての者に開かれた告白です。

 力ではなく、自己犠牲の愛によって救いを成し遂げられたお方。

 その方を見上げるとき、私たちもまた告白へと招かれています。

 「まことに、この人は神の子であった。」

 神の沈黙のただ中で成し遂げられた救いを見つめつつ、私たちもこの告白に立ちたいと思います。

 そして沈黙の時にも、闇の時にも、十字架の主を仰ぎつつ歩んでまいりましょう。


2026年2月8日(日) 主日礼拝
聖書:マルコによる福音書15章25−32節
説教:「イスラエルの王」

1 時を刻む


 「イエスを十字架につけたのは、午前九時であった」。

 長期にわたる十字架の苦難の始まりを告げる合図のように、マルコは時を記します。

 九時、十二時、そして三時。

 三つの時が刻まれ、ついにイエス様は息を引き取られるのです。

 旧約聖書のコヘレトはこう語ります。 

「天の下では、すべてに時機があり/すべての出来事に時がある」(3:1)。 

 そして、「黙すに時があり、語るに時がある」と続けます(3:7)。

 さらに、「神はすべてを時に適って麗しく造り、永遠を人の心に与えた」と神を称えます(3:11)。

 やがてこの賛美は、「だが、神の行った業を人は初めから終わりまで見極めることはできない」という一言で結ばれます。

 一見すると、悲嘆に満ちた結論のように聞こえます。

 しかし、決してそうではありません。

 なぜなら、すべてを見極めることができなくとも、神様に従って生きる中で、神の麗しさの中に生きることができる、という確信がそこにあるからです。

 コヘレトが示す「黙す時の麗しさ」を、神ご自身が、主イエスの十字架の沈黙によって体現されました。

 この十字架の美しさを、私たちが完全に見極め、言葉で語り尽くすことは困難です。

 しかし、その「美しさ」は、私たちの理解を超えて確かに存在します。

 決して消え去ることはありません。

 その麗しさは、わたしたちを覆い、喜びとなって、知恵の乏しい者をも包み込みます。

 ちょうど、イエス様を知らなかったシモンが、知らぬ間にこの救いの出来事に包み込まれていったように、わたしたちもまたその時の中に生きるのです。

 神様が創造されたこの天地において、時もまた、ふさわしい時があります。

 そして、その時が存在することに気づくための「時」も、わたしたちには必要なのです。

 十字架の時が刻まれたのも、そのためでしょう。

 なぜなら、この麗しさの存在に目が開かれるのは、イエス・キリストと出会う時、そのものなのだからです。

2 神の時を見逃す人々の言動 
 
 しかし、神を求めながら、その救いの時の見極めを怠る人々がいます。

 それが、本日登場する人々です。

 彼らは神を信じ、救いを求めながら、しかし、神の時がすでにイエス・キリストのうちに来ていることに気づこうとしません。

 なぜなら、イエス・キリストの姿形が自分たちの理想や思惑とは一致しないからです。

 その否定の中で彼らはどのようなことを起こすのか、それが本日の箇所にも描かれているといって過言ではないでしょう。

 苦難の時は、朝から午後にかけて続きました。

 十字架の苦難は、今までにないほどの苦難です。

 しかし、主の光はますます輝き、十字架の周辺を照らし出し続けます。

 主の光を受けて今回照らし出されたのは、主と共に十字架につけられた二人の強盗、通りすがりの人々、そして再び登場する祭司長たちと律法学者たちでした。

 彼らはそれぞれ異なる言葉、異なる形でイエス様を侮辱します。

 しかしそれらはすべて、十字架の上に掲げられた文言を受けて発せられた同じ言葉でした(マコ12:31)。

 十字架の上には、「ユダヤ人の王」と書かれてありました。

 これは、先の総督裁判においてピラトが付した罪状です。

 この名称には、ローマへの反逆者という意味が含まれています。

 つまり、ユダヤ人を解放するために立ち上がり、武力によってローマを打ち負かす政治的王(これをユダヤ人は救い主メシアと解釈していた)として、イエス様は処刑されたのです。

 これを受けて、イエス様を十字架につけたローマ兵たちは、鞭打たれ弱り果てたイエス様の姿に、彼らが想像する力によって定義される「王の姿」を、そこに見出せなかったのでしょう。

 彼らはそのため、「王様ごっこ」をして、イエス様の弱さを嘲笑いました。

 今回登場する人々も同様に、イエス様の「弱さ」を題材にして、イエス様を罵ります。

 しかし今回は先のそれとはニュアンスが違います。

 彼らは、これまでイエス様が行ってきた業と御言葉を知っていて、それでもなおイエス様を王と認めず、十字架につけられたその弱さを嘲るのです。

 その罪はより深くなります。

 彼らの主張は次のようなものでした。

 「神殿を壊し、三日で建てる者、十字架から降りて自分を救ってみろ」

 「メシアなら、イスラエルの王、今すぐ十字架から降りるがいい」

 これは総じて、「十字架から自分を救うことのできない力のなさ」への侮辱でした。
 
 十の簡単な問題のうち、九つの正解と一つの誤りがあったとき、人はその一つの誤りに惹きつけられてしまう時があります。

 それは人間のうちに起こるの心の動きの一つです。

 これは非難されるべきものではありませんし、むしろ正解へと近づこうとする向上心から生まれるものでもあります。

 しかしそのことに囚われるあまりに、それまでなされてきた正解すべてを無にしてしまう心の動きには、十分注意しなければなりません。

 十字架の周辺にいる人々は、このような人間の弱さを如実に示しています。

 他人を救ったことは知っている。しかし、自分を救えないという一点において、イエス様のすべてを否定し、存在を認めないのです。

 十字架という主の「弱さ」に躓き、主が王たることを信じなかった結果、彼らは自ら「救いから遠ざかる道」を選び取っていくのです。

3 二人の強盗

 さらに注目すべきことは、これらはすべて、自分を救う力のない者たちの発言であるということです。

 そのことは、十字架につけられた二人の強盗たちの存在に注目することによって明らかになります。

 彼らの存在が、この物語を取り囲んでいることに注目しましょう。

 マルコによる福音書が好むサンドイッチ構造は、彼らの存在がこの出来事の軸となっていることを示しています。

 彼らは確かに直接言葉を発してはいませんが、しかし、通りすがりの人々や祭司長たちと同じように「罵る」のです(32節)。

 32節には、「一緒に十字架につけられた者たちも、イエスを罵った」と記されていますが、ギリシャ語原文において、この箇所の「罵る(ὀνειδίζω)」(動詞)は、29節の人々の「罵る(βλασφημέω)」(動詞)とは異なる言葉が用いられています。

 また、似たニュアンスを持つ31節の「侮辱する(ἐμπαίζω)」(動詞)という言葉とも違います。

 29節の「罵る」は、神様を罵るという意味を持ちます(マコ3:28,29;イザ53:12参照)。

 31節の「侮辱する」は、兵士たちの侮辱行為(マコ15:20)と同じ言葉であり、心における侮辱を意味する語と理解してよいでしょう。

 最後の32節の罵りは、不信仰から来る罵りです(マコ16:14)。

 つまり、「罵り」「侮辱し」「罵る」という三つの異なる嘲りが、イエス様に同時に浴びせられているという事実は、決して「同じこと」ではなく(マコ15:31)、実際には三種類の「侮辱行為」が行われていたことを示しています。

 そして、三種類の罵りは、その意味からも分かるように、主に向けられているように見えながら、実はその言葉を発した一人ひとりに向けられているということを浮き彫りにします。

 これらはすべて、主イエスを王と信じない不信仰から生じる神冒涜の行為であり、また人を卑下する行為にほかならない!

 マルコはこの言葉たちによってそれを伝えているのでしょう。

 彼らは、自分に十字架から降りる力がないことを棚に上げ、同じ形で処せられている他者を侮辱したのです。

 十字架という刑罰を受けながらも、罪を悔い改めるどころか、他者を罵る唇の清さを、誰が見いだすことができるでしょうか。

 この強盗たちと「同じように」振る舞う通りすがりの人々、祭司長たち、律法学者たちも、同様の罪の中にいます。

 彼らが放ったこの言葉こそが、彼ら自身の弱さを告げ、さらにその罪の深さを明らかにしていくのです。

 しかし主は、その人々の弱さを裁かず、沈黙のうちに、受け止めていかれます。

 まるで人々の内に潜んでいた苦しみの声をすべて受け止めるように黙っているのです。

 そして、すべてを受け止めた主は、自らを捧げ、民を贖い出していくのです。

 これこそ、「ユダヤ人の王」であり「イスラエルの王」。旧約聖書が示す、すべての人を贖い救い出す真の王の姿なのです。

 主の王権が確立されたとき、イエス様は一言だけ言葉を発します。

「エロイ・エロイ・レマ・サバクタニ」(詩編22編!)。

 その言葉の真意を、次週みていこうと思います。


2026年2月1日(日) 主日礼拝(合同礼拝)
聖書:マルコによる福音書15章21−24節
説教:「十字架につける」

1 兵士


 兵士たちは、一通りの侮辱を終えると、イエス様を十字架につけるために外へ引き出しました。

 この「外」というのは、総督官邸の外というだけではなく、エルサレムの門の外をも意味しています。

 彼らはエルサレム近郊の処刑場へとイエス様を連れ出したのです。

 そこは「Γολγοθᾶ(ゴルゴダ)」(アラム語由来のギリシャ語。英語ではCalvary、ラテン語ではcalvaria)と呼ばれる場所で、「されこうべ」つまり「(風化した)頭蓋骨」を意味する丘でした。

 そこに向かう道中、門の外だったのでしょうか、畑から帰ってきたシモンという人物が通りかかります。

 このシモンについては後ほど考察するとして、兵士たちは彼にイエス様の十字架を担ぐように命じ、強引にこの出来事に巻き込んでいきます。

 本来、十字架は死刑囚自身が担ぐものでしたが、イエス様の体力がすでに限界に達していたのか、あるいは官邸で行った侮辱の結果、刑執行の時間が迫っていたのかは定かではありません。

 いずれにせよシモンは不思議な導きのうちに、この出来事に引き込まれていくのです。こうして、この奇妙な一行はゴルゴダの丘へと向かいました。

 ゴルゴダに到着すると、兵士たちはイエス様を十字架につけ、さらにイエス様の衣、すなわち着ておられた服を分け合うために、くじを引きます。

 囚人の服をはぎ取り、くじで奪い合う — 現在の、特に日本という恵まれた環境下に生きる私たちの感覚からすれば、この行為は想像し難いものです。

 しかし当時、衣服は、たとえ囚人のものであっても、貧しい兵士たちにとっては報酬の一部でした。死にゆく者にとって不要となる衣服を分配することは、当時の習慣として認められていたのです(黙認)。
 イエス様が比較的上等な衣を身につけておられた可能性も指摘されています。

 とすれば、それは兵士たちにとって、めったにない「収穫」だったでしょう。

 このくじ引きは、大いに盛り上がったことでしょう。

 しかしその行為が盛り上がれば盛り上がるほど、裸で刑を受けさせられることの深い侮辱を感じずにはおられません。

 イエス様は、なおも侮辱を重ねて受けていかれるのです。

 死刑執行の現場では、このような行為がまかり通っていました。

 当時の慣習のいびつさが浮かび上がってきます。

 兵士たちは郊外という公の場所において、表向きは当時の慣習に従って振る舞っていました。

 しかし、たとえ許容された環境であったとしても、彼らの行為は倫理的に疑問を免れません。

 むしろそれは、官邸内で行われた彼らの素行の悪さを、別の形で露わにしているのです。

 イエス・キリストの光に照らされた人の悪い行いは、やはり悔い改められなければならないのです。

 このように、私的な場においても、公的な場においても、兵士たちの振る舞いは本質的に変わりませんでした。

 そう考えると、彼らがイエス様に「没薬を混ぜたぶどう酒を飲ませようとした」行為についても、慎重に考え直す必要があります。

 没薬(厳密にはミルラ)は、当時から鎮痛薬として知られていました。

 それだけではなく、様々な効能を持つ没薬は、埋葬の際は防腐剤として用いられ、またその香りには鎮静・リラックス効果があると考えられていました。

 そのため、結婚式などの祭儀にも用いられていたようです。

 さらに、クリスマスの物語において、東方の博士が幼子イエスに捧げた贈り物の一つとしても知られています。

 没薬は、王の即位や尊厳を象徴する捧げものでもあったのです。

 こうした没薬は、死刑執行前、あるいは執行中に、囚人の苦痛を和らげる目的で、ぶどう酒に混ぜて与えられることがありました。

 つまり元来は恩恵としての行為でした。

 しかし、これまで見てきた兵士たちの言動、そして囚人の衣を(目の前で)平然と分け合うその倫理観を踏まえるならば、彼らがこれを純粋な親切心から行ったとは、到底考えられません。

 他の共観福音書も、この出来事を「侮辱」の文脈で描いています。

 マタイは「胆汁を混ぜた」(27:34)と示し、ルカは「酢を差し出し…侮辱した」(23:36)と明確に述べています。

 つまり、兵士の侮辱は、官邸の「室内」にとどまらず、室外においても続いていたのです。

 マルコが、他の福音書とは異なり、あえて「没薬」という語を用いているのは、「王様ごっこ」が続いていたという皮肉と倒錯を際立たせるためであったと考えられます。

 イエス様はそれゆえに、このぶどう酒を受け取られませんでした。

 この拒否は、単なる行為の拒否ではなく、沈黙と同じ意味を持っています。

 主は、苦しみから逃げることを拒まれたのと同時に、侮辱に加わることを拒まれたのです(決して暴力に屈したのではない)。

2 イエス様の拒否と沈黙

 ところで、イエス様がぶどう酒を拒否された理由については様々な解釈が提示されてきました。

 代表的なものの一つは、過越の食事の際に語られた御言葉(マルコ14:25)に忠実であった、という理解です。

 すなわちイエス様は、「神の国で新たに飲むその日まで、ぶどうの実から作ったものを飲むことはもう決してあるまい」という御言葉の通り、ここでもぶどう酒を拒まれた、という解釈です。

 他にも、ナジル人の誓いを守られた、という理解や、贖罪の日には飲酒が禁じられていため、その律法的背景からぶどう酒を拒否されたのだ、と捉える人もいます。

 こうした諸説の中で、最も多くの人が納得してきたのは、父なる神様が飲ませようとされた杯(10:38-39; 14:36)を、感覚を鈍らせて飲むことを拒んだ、という理解です。

 すなわちイエス様は、没薬やぶどう酒によって、痛みや苦しみを和らげることなく、それを全身全霊で受け止めることを選ばれた、という解釈です。

 それは、人の罪を贖うためにその罪を担い、自らを犠牲として救いを成就させる「主の僕」そのものの姿でもあります(イザ53章)。

 確かに、これらの解釈もいずれも、主の姿によく当てはまります。

 とりわけ、主の僕として苦難を減ずることなく受け止める姿は、まさに「真の王」としてのあり方をしめしているのです。

 しかしここで私たちは、もう一度立ち止まって考えてみたいと思います。

 これらの、比較的想像しやすい—と言ってよいでしょう—神に従順な僕としての「受動的なお姿」にのみ目を向けるのではなく、しばしば見落とされがちな主の「主体的な沈黙」に注目したいのです。

 すなわち、イエスがぶどう酒を飲むことを拒否したのは、単に「苦難の僕」として苦しみを和らげることを避けたからではなく、「神の御子」として、兵士たちの嘲笑に加わること拒まれたからではないか、という視点です。

 この拒否は、イエスがこれまで一貫して保ってこられた沈黙と深く結びついています。

 主は嘲笑や侮辱を受けながらも、それに応答することなく沈黙を守られました(14:65、15:16-20)。

 それは祭司たちの前での沈黙(14:60-61)とも、ピラトの前で沈黙(15:4-5)とも一致しています。

 イエス様は、この沈黙を通して、ここでもこの世の侮辱と暴力の論理に与(くみ)することを拒み、それを否定していったのです。
 
3 2つの奇跡

 そのためこの沈黙は、一人の人の救いへと結びついていきます。

「主の沈黙の時」の中に、一人の人間が巻き込まれていくのです。

 それが、キレネ人のシモンです。

 このシモンは、イエス様の一番弟子であるシモン、すなわちペトロではありません。

 聖書はこの人物を、「アレクサンドロとルフォスの父」であり、「キレネ人」であると紹介しています。

 キレネとは、北アフリカに位置する大きな都市で(巻末聖書地図6など参照)、シモンはそこで育ったユダヤ人であったと考えられます。

 また、福音書が執筆された当時、アレクサンドロとルフォスという名の著名なキリスト者が教会の中にいたのでしょう。

 この二人は福音書を執筆したマルコと交友関係があったと考えられており、そのためマルコは、彼らの名と共に、その父シモンの物語を書き残したのだと考えられます。

 そうだとすれば、このキレネ人シモンもまた、後に信仰に生きる者となり、自らが体験したイエス様との出会いを語り伝えていた可能性が高いのです。

 つまり私たちは、後にキリスト者となる人の召命の告白をこの記事から聴いているのです。

 さて、このキレネ人のシモンは、偶然その場を通りかかります。

 彼は、エルサレムで今まさに起こっていた出来事を、どうやら詳しくは把握していなかったようです。

 なぜなら、彼は「畑から来た」と記されているからです。

 仕事を終えた帰り道だったのでしょうか。

 いずれにせよ、エルサレムの「外」から都の中へ入ろうとしていた途中であったのでしょう。

 ところが彼は、兵士たちに命じられ、強制的にイエス様の十字架を担がされ、ゴルゴダまで連れて行かれることになります。

 彼には、この後に予定していた用事や、守ろうとしていた日常があったはずです。

 しかし、主との出会いのただ中で、彼の歩みは思いがけず方向を変えられていきます。

 まるで、すべてを後にして主に従った弟子たちのように(マコ1:16-20)、シモンは「十字架を背負って主に従う者」として、その道を歩み始めるのです。

 私たちの人生においても、一人の善い人との出会いが、その後の歩みを大きく、良い方向へと変えることがあります。

 その関わりが、たとえ短いものであったとしても、人はそこから大きな前進を遂げることができます。

 ましてや、神の子イエス・キリストとの出会いが、人の人生を新しくしないはずがありません。

 キレネ人のシモンも、初めはこの出来事を「不運」や「迷惑」と感じていたことでしょう。

 めんどくさいとも思っていたことでしょう。

 しかし、主と出会い、十字架を担って従う者とされたとき、彼の人生は思いもよらぬ仕方で開かれていきます。

 彼の名は福音書に記され、その行為は後の世代にまで語り継がれました。

 彼を直接知ることのない人々にまで、主に従う者の一つの姿として示されていくのです。

 これがキリスト者の歩みです。

 さらに驚くべきことに、私たちはここでもう一つの出来事を目撃します。

 15章24節の後半をご覧ください。

 そこには、まるで「詩」を思わせるような簡潔で印象的な言葉によって、この場面の意味が示されています。

「誰が何を取るか、くじを引いて/その衣を分け合った。」

 この一文は、単なる状況説明ではありません。

 この出来事が、旧約聖書においてすでに語られていた御言葉の成就であることを、はっきりと示しています。

 本日ともに聴きました詩編二十二編十八節の御言葉が、ここで現実となっているのです。

 ここに示されているのは、人間の悪意や残酷さをも用いながら、それを超えて神の救いのご計画が確かに成就していく、その驚くべき現実です。

 マルコは、この深い苦難のただ中にあっても働いている神の救いを、目に見えるかたちで私たちに伝えているのです。

 私たちもまた、信仰をもって聖書に耳を傾けたいと思います。

これからも人生には苦難が続くでしょう。

 しかし、十字架の「時」と同時に進んでいる救いの「時」に目を向け、主の沈黙に耳を澄ましながら、神の救いのご計画に希望を置いて歩んでいきたいと思います。