2026年2月8日(日) 主日礼拝
聖書:マルコによる福音書15章25−32節
説教:「イスラエルの王」
1 時を刻む
「イエスを十字架につけたのは、午前九時であった」。
長期にわたる十字架の苦難の始まりを告げる合図のように、マルコは時を記します。
九時、十二時、そして三時。
三つの時が刻まれ、ついにイエス様は息を引き取られるのです。
旧約聖書のコヘレトはこう語ります。
「天の下では、すべてに時機があり/すべての出来事に時がある」(3:1)。
そして、「黙すに時があり、語るに時がある」と続けます(3:7)。
さらに、「神はすべてを時に適って麗しく造り、永遠を人の心に与えた」と神を称えます(3:11)。
やがてこの賛美は、「だが、神の行った業を人は初めから終わりまで見極めることはできない」という一言で結ばれます。
一見すると、悲嘆に満ちた結論のように聞こえます。
しかし、決してそうではありません。
なぜなら、すべてを見極めることができなくとも、神様に従って生きる中で、神の麗しさの中に生きることができる、という確信がそこにあるからです。
コヘレトが示す「黙す時の麗しさ」を、神ご自身が、主イエスの十字架の沈黙によって体現されました。
この十字架の美しさを、私たちが完全に見極め、言葉で語り尽くすことは困難です。
しかし、その「美しさ」は、私たちの理解を超えて確かに存在します。
決して消え去ることはありません。
その麗しさは、わたしたちを覆い、喜びとなって、知恵の乏しい者をも包み込みます。
ちょうど、イエス様を知らなかったシモンが、知らぬ間にこの救いの出来事に包み込まれていったように、わたしたちもまたその時の中に生きるのです。
神様が創造されたこの天地において、時もまた、ふさわしい時があります。
そして、その時が存在することに気づくための「時」も、わたしたちには必要なのです。
十字架の時が刻まれたのも、そのためでしょう。
なぜなら、この麗しさの存在に目が開かれるのは、イエス・キリストと出会う時、そのものなのだからです。
2 神の時を見逃す人々の言動
しかし、神を求めながら、その救いの時の見極めを怠る人々がいます。
それが、本日登場する人々です。
彼らは神を信じ、救いを求めながら、しかし、神の時がすでにイエス・キリストのうちに来ていることに気づこうとしません。
なぜなら、イエス・キリストの姿形が自分たちの理想や思惑とは一致しないからです。
その否定の中で彼らはどのようなことを起こすのか、それが本日の箇所にも描かれているといって過言ではないでしょう。
苦難の時は、朝から午後にかけて続きました。
十字架の苦難は、今までにないほどの苦難です。
しかし、主の光はますます輝き、十字架の周辺を照らし出し続けます。
主の光を受けて今回照らし出されたのは、主と共に十字架につけられた二人の強盗、通りすがりの人々、そして再び登場する祭司長たちと律法学者たちでした。
彼らはそれぞれ異なる言葉、異なる形でイエス様を侮辱します。
しかしそれらはすべて、十字架の上に掲げられた文言を受けて発せられた同じ言葉でした(マコ12:31)。
十字架の上には、「ユダヤ人の王」と書かれてありました。
これは、先の総督裁判においてピラトが付した罪状です。
この名称には、ローマへの反逆者という意味が含まれています。
つまり、ユダヤ人を解放するために立ち上がり、武力によってローマを打ち負かす政治的王(これをユダヤ人は救い主メシアと解釈していた)として、イエス様は処刑されたのです。
これを受けて、イエス様を十字架につけたローマ兵たちは、鞭打たれ弱り果てたイエス様の姿に、彼らが想像する力によって定義される「王の姿」を、そこに見出せなかったのでしょう。
彼らはそのため、「王様ごっこ」をして、イエス様の弱さを嘲笑いました。
今回登場する人々も同様に、イエス様の「弱さ」を題材にして、イエス様を罵ります。
しかし今回は先のそれとはニュアンスが違います。
彼らは、これまでイエス様が行ってきた業と御言葉を知っていて、それでもなおイエス様を王と認めず、十字架につけられたその弱さを嘲るのです。
その罪はより深くなります。
彼らの主張は次のようなものでした。
「神殿を壊し、三日で建てる者、十字架から降りて自分を救ってみろ」
「メシアなら、イスラエルの王、今すぐ十字架から降りるがいい」
これは総じて、「十字架から自分を救うことのできない力のなさ」への侮辱でした。
十の簡単な問題のうち、九つの正解と一つの誤りがあったとき、人はその一つの誤りに惹きつけられてしまう時があります。
それは人間のうちに起こるの心の動きの一つです。
これは非難されるべきものではありませんし、むしろ正解へと近づこうとする向上心から生まれるものでもあります。
しかしそのことに囚われるあまりに、それまでなされてきた正解すべてを無にしてしまう心の動きには、十分注意しなければなりません。
十字架の周辺にいる人々は、このような人間の弱さを如実に示しています。
他人を救ったことは知っている。しかし、自分を救えないという一点において、イエス様のすべてを否定し、存在を認めないのです。
十字架という主の「弱さ」に躓き、主が王たることを信じなかった結果、彼らは自ら「救いから遠ざかる道」を選び取っていくのです。
3 二人の強盗
さらに注目すべきことは、これらはすべて、自分を救う力のない者たちの発言であるということです。
そのことは、十字架につけられた二人の強盗たちの存在に注目することによって明らかになります。
彼らの存在が、この物語を取り囲んでいることに注目しましょう。
マルコによる福音書が好むサンドイッチ構造は、彼らの存在がこの出来事の軸となっていることを示しています。
彼らは確かに直接言葉を発してはいませんが、しかし、通りすがりの人々や祭司長たちと同じように「罵る」のです(32節)。
32節には、「一緒に十字架につけられた者たちも、イエスを罵った」と記されていますが、ギリシャ語原文において、この箇所の「罵る(ὀνειδίζω)」(動詞)は、29節の人々の「罵る(βλασφημέω)」(動詞)とは異なる言葉が用いられています。
また、似たニュアンスを持つ31節の「侮辱する(ἐμπαίζω)」(動詞)という言葉とも違います。
29節の「罵る」は、神様を罵るという意味を持ちます(マコ3:28,29;イザ53:12参照)。
31節の「侮辱する」は、兵士たちの侮辱行為(マコ15:20)と同じ言葉であり、心における侮辱を意味する語と理解してよいでしょう。
最後の32節の罵りは、不信仰から来る罵りです(マコ16:14)。
つまり、「罵り」「侮辱し」「罵る」という三つの異なる嘲りが、イエス様に同時に浴びせられているという事実は、決して「同じこと」ではなく(マコ15:31)、実際には三種類の「侮辱行為」が行われていたことを示しています。
そして、三種類の罵りは、その意味からも分かるように、主に向けられているように見えながら、実はその言葉を発した一人ひとりに向けられているということを浮き彫りにします。
これらはすべて、主イエスを王と信じない不信仰から生じる神冒涜の行為であり、また人を卑下する行為にほかならない!
マルコはこの言葉たちによってそれを伝えているのでしょう。
彼らは、自分に十字架から降りる力がないことを棚に上げ、同じ形で処せられている他者を侮辱したのです。
十字架という刑罰を受けながらも、罪を悔い改めるどころか、他者を罵る唇の清さを、誰が見いだすことができるでしょうか。
この強盗たちと「同じように」振る舞う通りすがりの人々、祭司長たち、律法学者たちも、同様の罪の中にいます。
彼らが放ったこの言葉こそが、彼ら自身の弱さを告げ、さらにその罪の深さを明らかにしていくのです。
しかし主は、その人々の弱さを裁かず、沈黙のうちに、受け止めていかれます。
まるで人々の内に潜んでいた苦しみの声をすべて受け止めるように黙っているのです。
そして、すべてを受け止めた主は、自らを捧げ、民を贖い出していくのです。
これこそ、「ユダヤ人の王」であり「イスラエルの王」。旧約聖書が示す、すべての人を贖い救い出す真の王の姿なのです。
主の王権が確立されたとき、イエス様は一言だけ言葉を発します。
「エロイ・エロイ・レマ・サバクタニ」(詩編22編!)。
その言葉の真意を、次週みていこうと思います。
2026年2月1日(日) 主日礼拝(合同礼拝)
聖書:マルコによる福音書15章21−24節
説教:「十字架につける」
1 兵士
兵士たちは、一通りの侮辱を終えると、イエス様を十字架につけるために外へ引き出しました。
この「外」というのは、総督官邸の外というだけではなく、エルサレムの門の外をも意味しています。
彼らはエルサレム近郊の処刑場へとイエス様を連れ出したのです。
そこは「Γολγοθᾶ(ゴルゴダ)」(アラム語由来のギリシャ語。英語ではCalvary、ラテン語ではcalvaria)と呼ばれる場所で、「されこうべ」つまり「(風化した)頭蓋骨」を意味する丘でした。
そこに向かう道中、門の外だったのでしょうか、畑から帰ってきたシモンという人物が通りかかります。
このシモンについては後ほど考察するとして、兵士たちは彼にイエス様の十字架を担ぐように命じ、強引にこの出来事に巻き込んでいきます。
本来、十字架は死刑囚自身が担ぐものでしたが、イエス様の体力がすでに限界に達していたのか、あるいは官邸で行った侮辱の結果、刑執行の時間が迫っていたのかは定かではありません。
いずれにせよシモンは不思議な導きのうちに、この出来事に引き込まれていくのです。こうして、この奇妙な一行はゴルゴダの丘へと向かいました。
ゴルゴダに到着すると、兵士たちはイエス様を十字架につけ、さらにイエス様の衣、すなわち着ておられた服を分け合うために、くじを引きます。
囚人の服をはぎ取り、くじで奪い合う — 現在の、特に日本という恵まれた環境下に生きる私たちの感覚からすれば、この行為は想像し難いものです。
しかし当時、衣服は、たとえ囚人のものであっても、貧しい兵士たちにとっては報酬の一部でした。死にゆく者にとって不要となる衣服を分配することは、当時の習慣として認められていたのです(黙認)。
イエス様が比較的上等な衣を身につけておられた可能性も指摘されています。
とすれば、それは兵士たちにとって、めったにない「収穫」だったでしょう。
このくじ引きは、大いに盛り上がったことでしょう。
しかしその行為が盛り上がれば盛り上がるほど、裸で刑を受けさせられることの深い侮辱を感じずにはおられません。
イエス様は、なおも侮辱を重ねて受けていかれるのです。
死刑執行の現場では、このような行為がまかり通っていました。
当時の慣習のいびつさが浮かび上がってきます。
兵士たちは郊外という公の場所において、表向きは当時の慣習に従って振る舞っていました。
しかし、たとえ許容された環境であったとしても、彼らの行為は倫理的に疑問を免れません。
むしろそれは、官邸内で行われた彼らの素行の悪さを、別の形で露わにしているのです。
イエス・キリストの光に照らされた人の悪い行いは、やはり悔い改められなければならないのです。
このように、私的な場においても、公的な場においても、兵士たちの振る舞いは本質的に変わりませんでした。
そう考えると、彼らがイエス様に「没薬を混ぜたぶどう酒を飲ませようとした」行為についても、慎重に考え直す必要があります。
没薬(厳密にはミルラ)は、当時から鎮痛薬として知られていました。
それだけではなく、様々な効能を持つ没薬は、埋葬の際は防腐剤として用いられ、またその香りには鎮静・リラックス効果があると考えられていました。
そのため、結婚式などの祭儀にも用いられていたようです。
さらに、クリスマスの物語において、東方の博士が幼子イエスに捧げた贈り物の一つとしても知られています。
没薬は、王の即位や尊厳を象徴する捧げものでもあったのです。
こうした没薬は、死刑執行前、あるいは執行中に、囚人の苦痛を和らげる目的で、ぶどう酒に混ぜて与えられることがありました。
つまり元来は恩恵としての行為でした。
しかし、これまで見てきた兵士たちの言動、そして囚人の衣を(目の前で)平然と分け合うその倫理観を踏まえるならば、彼らがこれを純粋な親切心から行ったとは、到底考えられません。
他の共観福音書も、この出来事を「侮辱」の文脈で描いています。
マタイは「胆汁を混ぜた」(27:34)と示し、ルカは「酢を差し出し…侮辱した」(23:36)と明確に述べています。
つまり、兵士の侮辱は、官邸の「室内」にとどまらず、室外においても続いていたのです。
マルコが、他の福音書とは異なり、あえて「没薬」という語を用いているのは、「王様ごっこ」が続いていたという皮肉と倒錯を際立たせるためであったと考えられます。
イエス様はそれゆえに、このぶどう酒を受け取られませんでした。
この拒否は、単なる行為の拒否ではなく、沈黙と同じ意味を持っています。
主は、苦しみから逃げることを拒まれたのと同時に、侮辱に加わることを拒まれたのです(決して暴力に屈したのではない)。
2 イエス様の拒否と沈黙
ところで、イエス様がぶどう酒を拒否された理由については様々な解釈が提示されてきました。
代表的なものの一つは、過越の食事の際に語られた御言葉(マルコ14:25)に忠実であった、という理解です。
すなわちイエス様は、「神の国で新たに飲むその日まで、ぶどうの実から作ったものを飲むことはもう決してあるまい」という御言葉の通り、ここでもぶどう酒を拒まれた、という解釈です。
他にも、ナジル人の誓いを守られた、という理解や、贖罪の日には飲酒が禁じられていため、その律法的背景からぶどう酒を拒否されたのだ、と捉える人もいます。
こうした諸説の中で、最も多くの人が納得してきたのは、父なる神様が飲ませようとされた杯(10:38-39; 14:36)を、感覚を鈍らせて飲むことを拒んだ、という理解です。
すなわちイエス様は、没薬やぶどう酒によって、痛みや苦しみを和らげることなく、それを全身全霊で受け止めることを選ばれた、という解釈です。
それは、人の罪を贖うためにその罪を担い、自らを犠牲として救いを成就させる「主の僕」そのものの姿でもあります(イザ53章)。
確かに、これらの解釈もいずれも、主の姿によく当てはまります。
とりわけ、主の僕として苦難を減ずることなく受け止める姿は、まさに「真の王」としてのあり方をしめしているのです。
しかしここで私たちは、もう一度立ち止まって考えてみたいと思います。
これらの、比較的想像しやすい—と言ってよいでしょう—神に従順な僕としての「受動的なお姿」にのみ目を向けるのではなく、しばしば見落とされがちな主の「主体的な沈黙」に注目したいのです。
すなわち、イエスがぶどう酒を飲むことを拒否したのは、単に「苦難の僕」として苦しみを和らげることを避けたからではなく、「神の御子」として、兵士たちの嘲笑に加わること拒まれたからではないか、という視点です。
この拒否は、イエスがこれまで一貫して保ってこられた沈黙と深く結びついています。
主は嘲笑や侮辱を受けながらも、それに応答することなく沈黙を守られました(14:65、15:16-20)。
それは祭司たちの前での沈黙(14:60-61)とも、ピラトの前で沈黙(15:4-5)とも一致しています。
イエス様は、この沈黙を通して、ここでもこの世の侮辱と暴力の論理に与(くみ)することを拒み、それを否定していったのです。
3 2つの奇跡
そのためこの沈黙は、一人の人の救いへと結びついていきます。
「主の沈黙の時」の中に、一人の人間が巻き込まれていくのです。
それが、キレネ人のシモンです。
このシモンは、イエス様の一番弟子であるシモン、すなわちペトロではありません。
聖書はこの人物を、「アレクサンドロとルフォスの父」であり、「キレネ人」であると紹介しています。
キレネとは、北アフリカに位置する大きな都市で(巻末聖書地図6など参照)、シモンはそこで育ったユダヤ人であったと考えられます。
また、福音書が執筆された当時、アレクサンドロとルフォスという名の著名なキリスト者が教会の中にいたのでしょう。
この二人は福音書を執筆したマルコと交友関係があったと考えられており、そのためマルコは、彼らの名と共に、その父シモンの物語を書き残したのだと考えられます。
そうだとすれば、このキレネ人シモンもまた、後に信仰に生きる者となり、自らが体験したイエス様との出会いを語り伝えていた可能性が高いのです。
つまり私たちは、後にキリスト者となる人の召命の告白をこの記事から聴いているのです。
さて、このキレネ人のシモンは、偶然その場を通りかかります。
彼は、エルサレムで今まさに起こっていた出来事を、どうやら詳しくは把握していなかったようです。
なぜなら、彼は「畑から来た」と記されているからです。
仕事を終えた帰り道だったのでしょうか。
いずれにせよ、エルサレムの「外」から都の中へ入ろうとしていた途中であったのでしょう。
ところが彼は、兵士たちに命じられ、強制的にイエス様の十字架を担がされ、ゴルゴダまで連れて行かれることになります。
彼には、この後に予定していた用事や、守ろうとしていた日常があったはずです。
しかし、主との出会いのただ中で、彼の歩みは思いがけず方向を変えられていきます。
まるで、すべてを後にして主に従った弟子たちのように(マコ1:16-20)、シモンは「十字架を背負って主に従う者」として、その道を歩み始めるのです。
私たちの人生においても、一人の善い人との出会いが、その後の歩みを大きく、良い方向へと変えることがあります。
その関わりが、たとえ短いものであったとしても、人はそこから大きな前進を遂げることができます。
ましてや、神の子イエス・キリストとの出会いが、人の人生を新しくしないはずがありません。
キレネ人のシモンも、初めはこの出来事を「不運」や「迷惑」と感じていたことでしょう。
めんどくさいとも思っていたことでしょう。
しかし、主と出会い、十字架を担って従う者とされたとき、彼の人生は思いもよらぬ仕方で開かれていきます。
彼の名は福音書に記され、その行為は後の世代にまで語り継がれました。
彼を直接知ることのない人々にまで、主に従う者の一つの姿として示されていくのです。
これがキリスト者の歩みです。
さらに驚くべきことに、私たちはここでもう一つの出来事を目撃します。
15章24節の後半をご覧ください。
そこには、まるで「詩」を思わせるような簡潔で印象的な言葉によって、この場面の意味が示されています。
「誰が何を取るか、くじを引いて/その衣を分け合った。」
この一文は、単なる状況説明ではありません。
この出来事が、旧約聖書においてすでに語られていた御言葉の成就であることを、はっきりと示しています。
本日ともに聴きました詩編二十二編十八節の御言葉が、ここで現実となっているのです。
ここに示されているのは、人間の悪意や残酷さをも用いながら、それを超えて神の救いのご計画が確かに成就していく、その驚くべき現実です。
マルコは、この深い苦難のただ中にあっても働いている神の救いを、目に見えるかたちで私たちに伝えているのです。
私たちもまた、信仰をもって聖書に耳を傾けたいと思います。
これからも人生には苦難が続くでしょう。
しかし、十字架の「時」と同時に進んでいる救いの「時」に目を向け、主の沈黙に耳を澄ましながら、神の救いのご計画に希望を置いて歩んでいきたいと思います。