読む礼拝


「そこで、イエスはすわって十二弟子を呼び、そして言われた、『だれでも一ばん先になろうと思うならば、一ばんあとになり、みんなに仕える者とならねばならない』」。 (マルコによる福音書9:35)

「だれにも言ってはいけない」

 キリストは「あなたこそキリストです」との告白に「自分のことをだれにも言ってはいけない」と戒められます。イエスがキリストであるとは何を意味するか。イエスをキリストと告白するとはどういうことかを理解するまでは人に語ってはいけないと言われるのです。ペテロは十字架の死と復活を予告されるキリストを「わきへ引き寄せて、いさめはじめた」ので、「サタンよ、引きさがれ」と叱責されてしまいます。キリストは「自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい」(8:34)とお命じになり、「自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのため、また福音のために、自分の命を失う者は、それを救うであろう」(8:35)との約束をお与え下さいます。

 それにも関わらず弟子たち、私たちはその意味が分からず、また分かろうとしません。キリストは、この私たちの無理解と戦われるのです。

山上の変貌と悪霊追放

 キリストは、「六日の後」「ペテロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山に登られ」、キリストの山上の変貌の目撃者とされ、また、雲の中からの「これはわたしの愛する子である。これに聞け」との神様の言葉の証人とされます。また、山のふもとに残した弟子たちにはできなかった悪霊追放をたやすく成し遂げて、その権威を改めて示されます。

 その際の「ああ、なんという不信仰な時代であろう」との嘆き、そして「言うことも聞くこともさせない霊よ、わたしがおまえに命じる。この子から出て行け。二度と、はいって来るな」との言葉の中に、理解しようとしない弟子たち、この世への思いがにじんでいるかのようです。

人に気づかれるのを好まれなかった

 キリストは、ご自身の権威が明らかにされた場所から「立ち去り」、福音の始まりの場所であるガリラヤ、カペナウムに向かわれます。「人に気づかれるのを好まれなかった」とは、弟子たちへの「沈黙命令」を解除するに至っていなかったということでしょう。弟子たちは「イエスの言われたことを悟らず、また尋ねるのを恐れていた」からです。

だれが一番偉いか

 この弟子たちの無理解は、「だれが一ばん偉いかと、互に論じ合っていた」ことに極まります。使われているギリシャ語からすると、正々堂々とした議論というよりはむしろ、こそこそ陰に隠れてひそひそ話をするようにして、弟子たちは語り合っていたようです。

 こうした話はキリストの前で議論すべきものではないこと、その思いに反するものであることに気がつく程度には、弟子たちの理解は進んでいたのです。けれども弟子たちは「だれが一番偉いか」(文字通りには「より大きいか」)についての話をせずにはいられないのです。

 じっさい、話題には事欠かなかったはずです。山上の貌の居合わせたのは「ペテロ、ヤコブ、ヨハネだけ」でしたし、他の弟子たちは山の麓で帰りを待つ間、悪霊追放に失敗したのみならず、パリサイ人たちとの論争に巻き込まれてしまっていました。最初の弟子は4人だったはずなのに、どうしてアンデレは外れたのだろう。悪霊追放に失敗したり、パリサイ人を「論破」できなかったのは「減点」ではないのか。いつの間にか声が大きくなったのでしょうか、キリストはその話を聞きとがめて、家に入られると弟子たちを呼び集められたのです。

すわって

「イエスはすわって」とあります。「座る」のは当時のラビが弟子たちに正式に教えるときの振る舞いです。キリストは、この家を出られると、二度とカペナウムに戻ることはありませんでした。エルサレムに向かい、ゴルゴダに至る十字架への道を歩み出されるに当たって、キリストは改めて、ご自身がキリストであるとは何を意味するか、その弟子であるとはどういうことかを教えようとするのです。

尋ねるのを恐れて

 弟子たちは、単に「悟らず」にいたのではありません。むしろ「尋ねるのを恐れて」います。それは理解力が欠けていたということではないでしょう。むしろそれは、キリスト、メシア、救い主とは、これまでの生き方を拡大し、自分の願いを実現してくれるものではないこと、むしろ、古い自分を打ち砕き「わたしの思いではなく、みこころ」を実現させるものであることを理解し始めていたからではないでしょうか。彼らは「悟らなかった」のではなく「悟りたくなかった」のです。そして、なお「誰が一番偉いか」という、これまでの「全世界をもうけよう」とするような、この世の生き方に固執し続けているのです。

いちばん後に

 キリストは、この弟子たちの不安と恐れに対して、「自分を捨て、自分の十字架を負うて」に従うとは、どういうことであるかを教えてくださいます。それは「一番後になり、みんなに仕える者とな」る道です。

 キリストは「一番先になろうと思う」ことを否定なさいません。キリストに従うとは、自分自身をなくしてしまうことではありません。神様は私たちが与えられた賜物や時や場所を力の限り生かすことを喜んで下さいます。それを与えてくださったのもまた神様ご自身だからです。キリストが言われるのは、私たちの賜物は、自分一人の喜びと栄光を求めるためのものであってはならないということです。

 一番先に立つ人は他の人が見えなくなります。自分の傍らにあって苦しむ人、悩む人、悲しむ人が見えなくなります。実際には自分が人を押しのけたり、踏みつけにしていることが分からなくなります。傷つき、疲れ、弱る人を置き去りにして平気になってしまうのです。

 一ばんあとになるとき、人の姿が見えてきます。正面からでは分からない、後ろ姿が見えるようになります。人のつらさや悲しみやさびしさが分かるようになります。そのとき、与えられた賜物は、自分一人が喜び誇るためにではなく、「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣く」ために用いることができるものとなります。

 そして、先頭を争っていたときには見えなかったものが見えるようになります。道端の野の花のソロモンの栄華に勝る美しさを知ることができるようになるのです。「誰がいちばん偉いか」を競い、「全世界をもうけ」ようとして、かえって「自分の命を損する」道ではなく「一ばん後になり、みんなに仕える者」となることによって「自分の命を救う」キリストの道を歩むことができるのです。

幼な子

 けれども、キリストは、私たちが「一番先になる」かわりに「一番後になる」ための競争を始め、「誰が一ばん偉いか」に代えて「誰が一ばん仕えたか」を争うことを求めておられるのではありません。

 キリストは「だれでも、このような幼な子のひとりを、わたしの名ゆえに受けいれる者は、わたしを受けいれるのである」と言われます。

 当時「幼な子」は、律法を理解することができず、律法を行うことができないゆえに、価値のないものと見なされていました。できないもの、無力であるものを受け入れることが、キリストを受け入れることであると言われるのです。なぜなら、それは無力なままに十字架にかけられ、「十字架からおりてきて自分を救え」と罵られ、辱められ、死んで葬られたナザレのイエスを、メシア、キリスト、救い主として受け入れるということだからです。

 自分の知恵と力によっては何一つ良いことを達成することができないということ、すべての良きことはただ神様からのみ来ること承認すること、神様は私たちの大きい・小さい、強い・弱い、できる・できないに一切関わりなく私たちを受け入れ、愛し、喜びたもうということを、驚きと、喜びと、感謝とをもって受け入れること、それが「自分を捨て、自分の十字架を負うて」イエス様に従うことなのです。

「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と叫ばざるを得ない苦しみと悩みとのただ中で、なお、「わたしの霊をみ手にゆだねます」と、一切をゆだねる幼子のような信頼こそが、神の子の平安であり祝福なのです。 (2021年9月19日の礼拝のために)


「ときにヨセフは国のつかさであって、国のすべての民に穀物を売ることをしていた。ヨセフの兄弟たちはきて、地にひれ伏し、彼を拝した。ヨセフは兄弟たちを見て、それと知ったが、彼らに向かっては知らぬ者のようにし、荒々しく語った。」(創世記42:6-7)

エジプト全国のつかさ


 父ヤコブの偏愛と、それゆえの無邪気な振る舞いのために兄たちに疎まれ、憎まれ、殺されかけ、エジプトに奴隷として売られたヨセフは、エジプト王パロ(ファラオ)の夢を解き明かしたことから、エジプトの宰相に抜擢されることになります。

 パロの夢が7年の豊作と7年の飢饉を意味することを明らかにし、その対策として豊作の時の穀物の徴収と貯蔵を提案したヨセフは、その責任者としてパロから全権を託され、超大国エジプトのナンバー2に登り詰めるのです。それどころか、パロからは、「あなたはわたしの家を治めてください。わたしの民はみなあなたの言葉に従うでしょう。わたしはただ王の位でだけあなたにまさる」(41:40)との言葉までかけられるのです。

指輪

 パロは「わたしはあなたをエジプト全国のつかさとする」との宣言と共に、「指輪を手からはずして、ヨセフの手にはめ、亜麻布の衣服を着せ、金の鎖をくびにかけ」ます。指輪とは、おそらくそこに王の印章のついた「御璽」とでもいうべきもので、王の権威の象徴であると共に、実際の公文書の作成にも用いられた「公印」でもあったでしょう。ヨセフは、そのつもりになれば、どんな命令でも自分の署名と捺印とによって下すことのできる地位に就いたのです。

亜麻布の衣服と金の鎖

 亜麻布の衣服もまた権威のしるしでした。放牧民にとって入手しやすい羊毛や安価な木綿の衣服にくらべ、通気性が良く涼しい亜麻布の衣服は暑い地域では好まれましたが、栽培地が限られ、加工も難しいことから極めて高価でした。また清潔を保つことができることから聖なるものとされ、エジプトでは祭司は亜麻布の衣服を着ることが求められ、ミイラを作るときには亜麻布意外には用いられなかったと言われます。それは王侯貴族と富者、そして宗教的権威者のための衣装だったのです。

長そでの着物

 けれども、それはヨセフにとっては、かつて父ヤコブが「他のどの子よりよりも彼を愛して」(37:3)作って着せてくれた、そして、それゆえに兄たちに憎まれ、ついにははぎ取られた(37:23)「長そでの着物」を思い起こさせたことでしょう。

 この着物は、兄たちの憎しみの的となっただけではありません。兄たちは「ヨセフの着物を取り、雄やぎを殺して、着物をその血に浸し」、父に対するヨセフの不慮の死の証拠とします。それはヤコブの絶望と悲しみ、深い後悔の源ともなったのです。

 さらにそれは、ヨセフが奴隷として売られ、しかし神の恵みによって主人に重用され、家のつかさとなった時に着ることになった着物を思い起こさせたでしょう。そしてそれは同時に、主人の妻に言い寄られ、濡れ衣を着せられ獄に入れられたときの証拠となった着物でもあったはずです。  そのようなこれまでの人生の歩み、そこに起こった一切の出来事を想起しながら、ヨセフは「エジプト全国のつかさ」の着る「亜麻布の衣服」に腕を通したに違いないのです。

「金の鎖」

 そして「金の鎖」もまた、単なるアクセサリーではなかったでしょう。それは鎖というよりは、エジプトの王や高官が公の場で身につけた幅広の金の首飾りであったに違いありません。それは、「あなたの許しがなければエジプト全国で、だれも手足を上げることはできない」(41:44)との全権委任の言葉の目に見えるしるしだったのです。このときの「わたしはパロである」の言葉の後には、「しかし」を補うべきでしょう。それは、「わたしの民はみなあなたの言葉に従うでしょう。わたしはただ王の位でだけあなたにまさる」との公の宣言だったはずです。

「ひざまずけ」

 パロは、「自分の第二の車に彼を乗せ、『ひざまずけ』とその前に呼ばわらせ、こうして彼をエジプト全国のつかさとし」(41:43)ます。ヨセフはエジプトの地において、絶対的な権力を手にするのです。

 そのつもりになれば、どんな命令でも出すことができ、誰を引上げて栄誉を与え、誰を罰して木に架かけるかさえ自由自在となったはずのヨセフは、その権力をどのように用いたでしょうか。

 もしそれが自分だったらと考えたら、まず無実の罪で自分を牢屋に入れたかつての主人ポポテパルの妻を捕らえて罰することから始めたのではないでしょうか。それは単なる復讐ではなくむしろ正義の実現のはずです。

 また、自分が夢を解いて、無罪放免と名誉回復、職務への復帰を告げ、自分の無実と王への取りなしを懇願したにもかかわらず、「忘れてしまった」王の給仕長についてはどうでしょう。罰するとまではいかなくても、一言詫びを入れさせ、懲らしめる必要はないのでしょうか。

できるのにしなかったこと

 けれども、ヨセフはそのようなことは何一つしませんでした。どのように用いてもよいはずの権威と権力とを、彼は自分のためには少しも使おうとはしなかったのです。

 もちろん、ポテパルは「王の役人」の一人でしたし、給仕長も王の覚えがめでたくなかったはずはありませんから、パロに遠慮した面はあったでしょう。また、7年間にわたる飢饉への対処という危機対応プロジェクトの総責任者として手一杯ということもあったかもしれません。

 けれども、王の命一つで立ちどころに獄の戸を開く役人や、パロの機嫌を損ねて獄に入られる程度の給仕長に手が出せないほどヨセフの権威が小さかったはずはありません。また飢饉の到来にはまだ7年もある今の状況の中で、そこまで多忙であったはずはありません。

神様の賜物と召し

 ヨセフができるのにしなかった、やれたはずなのにやらなかったのは、まさにこの権威と権力とが、自分自身の才能によるのでも努力の結果でもなく、ただただ神様の恵み、その召しと賜物であることを理解したからではないでしょうか。もちろん、ポテパルの家での奴隷としてのそして家令としての経験が生かされなかったはずはありません。けれども、それを含め、それどころかポテパルの妻の誘惑も讒言も投獄も、それどころか給仕長の2年にも及ぶ忘却さえ、この日この時のための神様の計画の中にあったことは明らかでした。

 ヨセフは、得意満面にではなく、むしろ恐れおののきつつ、指輪がはめられ、亜麻布の衣装を着せられ、金の鎖が首にかけられるのを経験したのではないでしょうか。それはまさに、天地の造り主にして万物の支配者、あらゆる民族の導き主なる神様ご自身による任職であり、その使命は、自分の前に広がるエジプトの大地に生きる無数のエジプト人、さらにエジプトの穀物を頼みとしている数多の人々のいのちを飢饉から守るというとてつもないものだったからです。

支配の対象ではなく奉仕の相手として

「ひざまずけ」との先触れの声に合わせて自分の前にひざまずくエジプトの人々も、ヨセフにとっては決して支配の対象ではなかったはずです。ついこの前までは自分もまたその一員であり、投獄されてからはその立場以下だった自分にとって、彼ら彼女らは、その命の責任を自分が負っている奉仕の対象だったのではないでしょうか。自分が託された使命を果たさなければ、この人もあの人も飢えてしまう、その家族や子どもたちの命が危険にさらされてしまう。そう思うとき、もはやポテパルの家への復讐など考える余地はなく、むしろ自分の奉仕の対象としてさえ思えたのではないでしょうか。

 そして、まさにそのようにして、「天から賜わりし力で人を傷つけること私腹を肥やすことは許され」ないという深い自覚のなかでこそ、ヨセフの権威と権力とは最も良く用いられることになるのです。

夢の実現

 このヨセフの働きがあればこそ、カナンの地から兄たちがエジプトにやってくることになります。「ヨセフの兄弟たちはきて、地にひれ伏し、彼を拝した。ヨセフは兄弟たちを見て、それと知った」とありますが、この時ヨセフが知ったのは、目の前にいるのが自分の命を奪おうとし、結果的に自分がエジプトに奴隷として売られる原因となった兄たちであることだけではなかったでしょう。

 むしろそこでヨセフが知ったのは、この兄たちの振る舞い、そしてその原因となった父ヤコブの片寄った愛情さえも、神様の計画の中にあったということだったのではないでしょうか。兄たちの憎しみを買うことになる「畑の中で束を結わえていたとき、わたしの束が起きて立つと、あなたがたの束がまわりにきて、わたしの束を拝みました」との自分の夢が、今ここで実現したことを知って、ヨセフは身震いする思いだったにちがいありません。

「彼らに向かっては知らぬ者のようにし、荒々しく語った」のも、兄たちをスパイ扱いして、人質を取ってその思いを試すのも、決して「ヨセフのリベンジ」ではなく、「神ならぬ人間が神に託されてこの地上に正義と愛とを実現するための苦しみと悩みとに満ちた道行き」だったのではないでしょうか。

 未だ救われないこの地上にあって、人の思いと神の計画との錯綜する中で、いかに神様に召されたものとしてふさわしく生きることができるか、ヨセフの行きつ戻りつするように見え、揺らぎ錯綜するように思えるその振る舞いの中に、神の民はその歩みの導きと励ましとを見出してきたのです。(2021年9月12日の礼拝のために)


「イエスは振り返って、弟子たちを見ながら、ペテロをしかって言われた、『サタンよ、引きさがれ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている』」。(マルコ福音書8:33)

「開けよ」


 キリストは、ガリラヤ湖畔からの再出発に際して、「耳の聞えない者を聞えるように」「口のきけない者をきけるように」されました。それは、神の言葉に聴き従わず、それゆえ神に対し、また人に対し正しく語ることができず、口から出る言葉によって神をけがし、人をけがし、自分自身をけがして、喜びと平安と命から自分自身を閉め出してしまっている私たちが、キリストによって耳開かれ、唇が開かれ、ついに救いと喜びと、永遠の命とに入るという約束にほかなりません。

四千人の給食

 キリストは「開けよ」(直訳すれば「開かれよ」)との言葉と共に、両耳に指をさし入れ、つばきでその舌を潤すという、身体に刻まれるしるしをもって、耳を開き舌のもつれを解いてくださいました。

 同じように、群衆と弟子たちには、言葉と共に目に見え、口で味わえるしるしとして、「七つのパン」と「少しばかりの小さい魚」とをお与えになり、四千人の人々を満たされます。それは「人は分かち合うときに満たされる」とのメッセージであり、生まれながらの人間にはなしえないこのことをなさしめたもうナザレのイエスこそがメシア、救い主、キリストであることのしるしでした。

天からのしるしは与えられない

 けれどもそれは、信仰の目によってはじめて意味を持つ「しるし」でした。神の言葉抜きに、信仰のあるなしに関わらず、誰もがそれを「天からのしるし」として理解でき、問答無用にナザレのイエスがキリストであることを証拠づけるものではありませんでした。

 それゆえ、パリサイ人たちが天からのしるしを求めたとき、キリストは「決して与えられない」と言われるのです。なぜなら、それは「もしあなたが神の子であるなら、下へ飛びおりてごらんなさい」との悪魔の誘惑の変奏にほかならないからです。キリストは、誰もが納得せざるを得ない、石をパンに変える奇跡ではなく、信仰をもって初めて理解できる、四つのパンによって四千人が満腹したという出来事によって、ご自身が神の子であることをお示しになったのです。

パリサイ人のパン種とヘロデのパン種

 そして、「パリサイ人のパン種とヘロデのパン種とを、よくよく警戒せよ」と言われます。それは、今日的に言えば原理主義と世俗主義といってよいでしょう。その問題は、本来開かれるべきものが閉じられてしまっているということです。原理主義は自分たちの考える狭い「正義」自分たちが納得できる人間的な「原理」の中に閉じこもり、世俗主義は自分たちが感じることのできる限定的な「感覚」、「人間だから」とでも言いたげな肉の要求の中に自己充足してしまっています。

 それは正反対のように見えながら、実は物指しを頭に当てるか腹に当てるかの違いにすぎません。どちら「自分勝手」である点では同じだからです。パリサイ人もヘロデ党も、考え方や生き方を等しくする者たちの狭い世界の中に閉じ込もって、神様と隣人に、すなわち自分を越えた広く、高く、深く、広々として風通しの良い世界に開かれていません。

 それは石のように堅く砂漠のように渇いていて人をひからびさせたり、粘液のように形がなく沼地のように湿気ていて人を窒息させたりしてしまうのです。

目の見えない人の目を開かれる

 この原理主義と世俗主義の罠にいつの間にか捕らわれ、「まだ悟らないのか」と叱責される私たちです。しかしその後には「ベツサイダの盲人の癒やし」の出来事が続きます。最初は「木のように」しか見えなくても、キリストを「見つめているうちに、なおってきて、すべてのものがはっきりと見えだ」すというのは、まさにペテロの告白とその後の歩みにほかなりません。

イエスをキリストと言い表す

 マルコ福音書が伝えるペテロのキリスト告白には、ペテロへの称賛の言葉も、鍵の権能の付与もありません。むしろそれに続く「沈黙命令」と「サタンよ、引きさがれ」との叱責、「自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい」との十字架への招きが一気に語られます。
その全体が、イエスをキリストと言い表すとはどういうことかを証言しているというべきでしょう。そこではじめて、「自分のことをだれにも言ってはいけない」との「沈黙命令」が意味を持つからです。

沈黙命令

 マルコ福音書では、ペテロの「あなたこそキリストです」の答えに、間髪を入れず「自分のことをだれにも言ってはいけない」との「沈黙命令」が与えられます。それは、「イエスはキリストである」という告白は、それだけではまだ不十分だからです。いわばそれはまだ部分点を貰ったに過ぎず、「キリスト」の中身次第では誤答に終わってしまうことをキリストは知っておられるからなのです。

イエスをわきへ引き寄せて

 じっさい、ペテロが「キリスト」の中身をどう考えていたかは、すぐに明らかになります。キリストが「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ、また殺され、そして三日の後によみがえるべきことを、彼らに教えはじめ」られるや否や、「ペテロはイエスをわきへ引き寄せて、いさめはじめ」るからです。

 救い主が苦しむはずがない、捨てられるはずがない、死ぬはずがないとペテロは信じて疑いません。もちろんそこには尊敬と愛があります。けれども同時に、神様の御心が実現することよりも、自分の願望が実現することを願う自分中心の姿が透けて見えます。

 それはペテロ個人の問題ではありません。本来、キリストとは「メシア=油注がれた者」であり、古くは任職に際して油を注がれた「王」、「大祭司」、「預言者」を指すものでした。しかしこの時代、キリストと言えば、昔、当時の軍事大国ペリシテの大勇者ゴリアテを羊飼いの石投げによって打ち倒したダビデのような連戦連勝の王、その知恵に並ぶ者なしと言われ、巧みな外交と政略結婚によってその領土を拡大したその子ソロモンのような支配者を意味したからです。

 それゆえにキリストは、自分自身のことを決して「キリスト」とは呼ばれませんでした。ここでわざわざ「人の子」と言われるのもそのためです。それなのにペテロは、ナザレのイエスを、対ローマ独立運動の指導者、勝利と栄光のメシアと見なし、その自分の思い込みと違う道を歩もうとされるキリストを「わきへ引き寄せて、いさめはじめ」ます。

悪魔の誘惑との再度の戦い

 このとき、キリストはあくまでも自分の考え、自分の願い、自分の理想を実現するための「助け」であり、そのとき「主」であるのはむしろ自分自身です。その意味ではペテロもまた「自分の夢」「自分の理想」のなかに閉じ込められてしまっているのです。けれどもその時の「夢」や「理想」は、たとえ自分ではそれが自分のものだと思い込んでいたとしても、実際には、みんながそう言うからそう思う、みんなが欲しがるから自分も欲しくなる、みんなが目指すから自分も目指す、といった形で自分のものであるように思いこんでいる、どこにでもある、ありきたりの、手垢の付いた、いわば出来合いの「夢もどき」「理想もどき」に過ぎません。それは本当の意味で人を救い、生かし、平安と喜びとに至らせるものではないからです。なぜなら、みんながそれが自分の夢と理想と勘違いして、同じものを追い求めるなら、そこには際限のない競争と争いとが起こらずにはいないからです。

 それは、パリサイ派の原理主義、ヘロデ派の世俗主義も同様です。そして根本的には、ローマ皇帝から奴隷に至るまで、全ての人がこの「自分」の中に閉じ込められてしまっているのです。言うならばそれこそが「サタンの誘惑」なのです。

「サタンよ、引きさがれ」

 キリストは「サタンよ、引きさがれ」と一喝されます。狭い、そして本当は自分のものですらない自分の願いや計画によって生きるのではなく、いつも私たちの思いを越えて高く、広く、深い神様の思いと計画によって生きること、そこにこそ人の本当の喜びかあり命があることを伝え、証しし、実現すること、それが神の子、メシア、救い主の使命であるとイエス様は言われたのです。

自分を捨て、自分の十字架を負うて

 そして、「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい」と招かれるのです。それは、それが自分だと思っている狭い、低い、浅い世界から飛び出して、神様が造り、召し、遣わそうとしておられる広く、高く、深い世界の中へ歩み出しなさいとの招きにほかなりません。

 そして、その世界の扉こそ、最も小さな者の一人として私たちの前に立つキリストであり、その鍵こそ、神様が負わせて下さる痛みや苦しみや悩みである自分の十字架にほかなりません。私たちは、みんなが欲しがるものを最初に手に入れることによってではなく、無理矢理背負わされるだれもが嫌がるものを、神様からの課題として担うことによって、狭い自分の世界から導き出されて、広い神の世界に生きる者となるのです。この招きに応えたいのです。(2021年9月5日の礼拝のために)