読む礼拝


「ヨセフは彼らに言った、『解くことは神によるのではありませんか。どうぞ、わたしに話してください』」。(創世記40:8)

主がヨセフと共におられた


 ヨセフ物語の中で、私たちは繰り返し「主がヨセフと共におられた」という言葉を聞きます。けれどもそれは、一見、神様が共におられるなどとは思えない場所においてです。

「主がヨセフと共におられたので、彼は幸運な者となり(39:3)という文章の前には、「パロの役人で侍衛長であったエジプトびとポテパルは、彼をそこに連れ下ったイシマエルびとらの手から買い取った」という文章があり、「主はヨセフと共におられて彼にいつくしみを垂れ」(39:21)という言葉の前には、「ヨセフの主人は彼を捕えて、王の囚人をつなぐ獄屋に投げ入れた」(39:20)という言葉があります。

 彼は売られ、奴隷として買われ、働かされ、それでも足りないかのように獄に繋がれます。けれどもまさにそのとき、「主がヨセフと共におられた」と言われるのです。

あなたがどこへゆくにもあなたを守り

 神様はヨセフが「約束の地」であるカナンにいるときも、「奴隷の地」であるエジプトにいるときもヨセフと共におられます。ヨセフが父親から特別扱いをされて「長そでの着物」を着せられている時も、そのことを憎まれて兄たちによって着物をはぎ取られた時も、イシマエル人の隊商に買われて奴隷の着物を着せられた時も、主人に取り立てられて家令の着物を着せられたときも、そして囚人の着物を着せられている時も、ヨセフに「幸運」を与え「手のすることをすべて栄えさせ」てくださったというのです。

ヨブの嘆きとキリストの叫び

 神様の「幸運」と「栄え」とは、私たちが「幸運」と思い、「栄え」と考えるものと同じではありません。もちろん神様は健康と長寿、富と名声を祝福としてお与えになります。けれどもそれだけが祝福なのではありません。健康を奪われ、愛する者を失い、富と名声が失せ去るときにも、神の恵みはなおそこにあるというのです。旧約聖書のヨブの物語が、そしてなにより十字架上のイエス・キリストの姿がそのことを伝えています。

着物を残して

 神様から与えられた「幸運」の一つであるはずの「姿がよく、顔が美し」いということも、「主が彼の手のすることをすべて栄えさせられる」という出来事も、ヨセフが主人の妻から誘惑を受ける原因となってしまいます。目に見える、この世の物指しではかることのできる評価はいつも両義的ですぐに逆転してしまいます。

 ヨセフは「着物を彼女の手に残して外にのがれ出た」とあります。主人の妻は、容姿や業績というヨセフの外側にあるものに惹かれ、それを掴まえようとします。けれどもヨセフはそうした自分の外側にあるもの、人がそれがヨセフだと思っているもの、多くの人がそう思い込んでいるものにはこだわりません。それが自分そのものではないこと、自分にとって最も大切なものは別にあることを知っているからです。

神を愛し人を愛すること

 ヨセフは「どうしてわたしはこの大きな悪をおこなって、神に罪を犯すことができましょう」と主人の妻の誘惑を退けました。主人に対する恩義と責任、神様に対する誠実を失うことはできない、それは自分にとって最も大切なものを失うこと、自分自身を失うことだというのです。ヨセフは着物ではなくその中身を、人の評価ではなく神様の評価を選んだのです。

 外から見える評価は乱高下し、人の好き嫌いはすぐに逆転します。主人の妻はヨセフを憎んで讒言(ざんげん)し、ヨセフを奴隷から家令にまで取り立てた主人は「彼を捕えて、王の囚人をつなぐ獄屋に投げ入れ」ます。

主はヨセフと共におられ

 けれども聖書は、「ヨセフは獄屋の中におったが、主はヨセフと共におられて彼にいつくしみを垂れ、獄屋番の恵みをうけさせられた」と記します。そして「獄屋番は獄屋におるすべての囚人をヨセフの手にゆだねたので、彼はそこでするすべての事をおこな」うようになります。ヨセフが主人の家にいたときに起こったことと全く同じ事が牢獄の中でも起こるのです。神様の恵みは、時と場所に左右されないのです。

置かれた場所で咲きなさい

 しばらく前、カトリックのシスター(修道女)で、岡山県のノートルダム清心女子大学の学長を長く勤められた渡辺和子さんの『置かれた場所で咲きなさい』という本が評判になりました。5年連続でベストセラーランキングに登場するなど、多くの人に読まれた本です。

 渡辺和子さんは修道会に入るとすぐにアメリカに、そして帰国するやいなや岡山の大学に派遣され、翌年には急逝した学長のあとを継ぐことを命じられます。当時30代の半ば、これまでの学長の半分にも満たない年齢で、大学の卒業生でもなければ地元出身でもない渡辺さんは、大変な苦労をすることになります。自信を失い、シスターをやめようとまで思いつめていた時、一人の宣教師から渡された英語の詩によって困難な時を支えられます。その詩の冒頭の一節が「神様が植えられた場所で咲きなさい」でした。

神様が植えて下さった場所で

 恐らくは出版社の意向でタイトルが「置かれた場所で咲きなさい」になってしまったことからでしょうか、多くの共感と共に「違和感がある」「現状肯定を押しつけるものだ」といった感想が聞かれたりもします。けれどもそれは、渡辺さんが9歳の時に「二・二六事件」に巻き込まれ、当時陸軍大将だった父渡辺錠太郎さんが凶弾に倒れる現場に居合わせるという悲痛な経験を越えて歩まれてきた半生と、何よりも、18歳でキリスト教の洗礼を受け、29歳で修道会に入会、修道会の修練のための渡米という、信仰者としての姿を見ていないことからの誤解であるように思われます。

神学者ランホルト・ニーバーの詩

 渡辺さんを支えた詩は、アメリカの神学者ランホルト・ニーバーの「神様が植えて下さった場所で咲きなさい」と題された詩です。

神様があなたを植えて下さった場所で咲きなさい。
諦めるのではなく、むしろ人生のベストを尽くしなさい、
そして花のように咲きなさい。
咲くということは幸せに生きることです。
あなたの喜びが他の人々を幸せにするのです。
あなたが幸せで、その幸せを笑顔で示せば、
他の人々は、あなたの幸せを知って、彼らもまた幸せになるのです。
神様はあなたを特別な場所にお植えになったのです。
あなたが他の人々とそのことを分かち合えば
あなたの人柄が輝くでしょう。
私たちが「咲く」と言っているのは、この「輝き」のことなのです。
神様が私を植えて下さった場所で私が咲く時、
私の命は命の庭の美しい花になるのです。
神様が植えて下さった場所で咲きなさい。
(ラインホルド・ニーバー 日本語訳:村川久夢)


諦めるのではなく

 若者に現状維持を押しつけるもの、といったネット上に散見される意見とは正反対に、ニーバーは「諦めるのではなくベストを尽くせ」と言っているのです。しかもそれは艱難辛苦を越えてといったものではなく、まず自分が喜ぶこと、そしてその喜びで人を喜ばせることなのです。

 そしてその背後には、世界を造り、私に命を与えて下さった方が、ご自身のご計画の中で、この自分を選び、ご自身が選んだ場所に手ずから「植えて下さった」という驚きと感謝とがあります。

隣人への思い

 獄中のヨセフは、獄に入れられたエジプト王の給仕役と料理役の夢を解くことから、エジプトの宰相への道を歩み始めます。そして、そのきっかけは「どうして、きょう、あなたがたの顔色が悪いのですか」という隣人への配慮の言葉でした。ヨセフは、獄中にあってなお、自分の不幸を嘆くことよりも、隣人の不幸を少しでも軽くすることに心を寄せることができたのです。

神様への思い

 そして、「わたしたちは夢を見ましたが、解いてくれる者がいません」との嘆きに、「解くことは神によるのではありませんか。どうぞ、わたしに話してください」と応えることができたのです。濡れ衣を着せられて獄に投じられるという、これ以上ない理不尽な出来事のただ中で、ヨセフはなお神様を信じ、神様が問題を解決して下さることを信じて疑わないのです。

夢占いではなく

 ここで問題になっているのは、ヨセフがどれほど巧みに夢を解いたかということではありません。ヨセフが、理不尽な出来事のただ中で、なお神様を信じ、自分をこのような状況に追い込んだとさえ言える「夢を解く力」を、神様から託されたものであることを信じ、それを隣人のために用いようとしたこと、自分が不利益を被る可能性があってもなお、神様が与えて下さった解き明かしの結果を嘘偽りなく忖度なしに伝えようとしたこと、これが、神様がヨセフと共におられたということの意味にほかなりません。そして、エジプトでヨセフと共にいて下さった神様は、この私たちとも共にいて下さいます。この恵みに歩みたいのです。(2021年6月13日の礼拝のために)


『ごらんなさい、ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。神のみこころを行う者はだれでも、わたしの兄弟、また姉妹、また母なのである』」(マルコによる福音書3:34-35)

まことの人イエス・キリスト


 イエス・キリストは「神のかたちであられたが……おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられ」(ピリピ2:6-7)ました。

 それは、イエス様が私たちと同じ肉体を持ち、暑さと寒さを、疲労と空腹を、痛みと苦しみを身に負われたということだけではありません。それは、イエス様が、私たちにとって、時に肉体の苦しみ以上に私たちを悩ませる人と人との関係の中に入ってきてくださったということです。イエス様は、人間関係という人の罪が最もあらわになる場所に降りてきてくださったのです。

イエスが家に入られる

「イエスが家に入られる」と今日の聖書の箇所は始まります。この家はカペナウムの「ペテロの家」だったと思われます。イエス様は、ガリラヤ南部の丘陵地にある故郷の町ナザレから出て、ヨルダン川でバプテスマのヨハネから洗礼を受けられました。そして荒野の試みを経て、ガリラヤ北部、ガリラヤ湖畔の町カペナウムを中心にして神の国の福音を宣べ始められたのです。

 イエス様はガリラヤ湖のほとりでシモン・ペテロとアンデレ、ゼベダイの子ヤコブとヨハネを最初の弟子として召されます。そして安息日にカペナウムの会堂に入って教えられ、けがれた霊につかれた人から汚れた霊を追い出して、ご自身の権威を明らかにされます。

 そして、その次にイエス様がなさったのは、「ヤコブとヨハネとを連れて、シモンとアンデレとの家にはいって行」(1:29)くことでした。

シモンとアンデレとの家で

 イエス様のキリストとしての働きの場は、会堂や神殿だけではありませんでした。またその教えを語られたのも、山や平地、湖といった大勢の人が集まることができる場所ばかりではなかったのです。イエス様の救いのみ業はしばしば弟子たちや支援者たちの家でなされ、その言葉は食卓を囲みながら語られたのです。

 イエス様は、私たちの家をその働きの場とされ、ご自身の言葉が話され聞かれる所としてくださるのです。それは、私たちの家、私たちの家庭が宣教の舞台となり、福音の前進のために用いられるということにほかなりません。

シモンのしゅうとめ

 しかしそれは、私たちの側の準備が整ってからということではありません。イエス様がペテロの家に行こうとされたとき、そのしゅうとめは熱を出して床についていました。「人々はさっそく、そのことをイエスに知らせた」とありますが、それはイエス様に病気を治していただこうとしたというよりは、むしろ、今ペテロの家はイエス様をお迎えできるような状態ではありませんという意味合いの方が大きかったのではないでしょうか。

 ここでペテロの妻についての記述がないことから考えると、この時のペテロの家は、ペテロの妻ではなく、その母親を中心に回っていたように思われます。いわば「主婦」が倒れた状態の家に、大切なお客様である「先生」をお迎えすることはできないというのです。

手を取って起こされる

 けれども、イエス様はペテロの家に向かうのをおやめにはなりません。イエス様は「先生」でも「お客様」でもなく、「救い主」であり「主」だからです。イエス様は私たちの家に客としてはではなく、主人として入ってこられるのです。もし準備が整ってからでなければイエス様をお迎えすることができないとすれば、誰一人イエス様をその家に迎えることなどできはしません。だからこそイエス様は私たちの先手を取り、私たちの思いを越えて、私たちの家、私の人生の中に入ってきて下さるのです。

「イエスは近寄り、その手をとって起されると、熱が引き、女は彼らをもてなした(文字通りには「奉仕した」)」(1:31)とは、イエス様がペテロの家の主人として振る舞っておられるということにほかなりません。

客間ではなく

 イエス様は、私たちが見せてもよいと思い、見せたいとさえ考えるような、きれいに掃除され整えられた「客間」に留まってはおられません。丁重におもてなしした上でお帰りいただくというわけにはいきません。

 イエス様は私たちが人に見せたくないと思い、神様にさえ隠したいと考えている場所、私たちの台所や寝室においてもまた主であられます。私たちにとって「よい時」だけではなく、「悪い時」にも、否「悪い時」にこそ、私たちと共にいて下さいます。だからこそイエス様は、きれい事では済まない私たちのリアルな悩みと苦しみから私たちを救うことがおできになるのです。そのためにこそイエス様はまことの人となられたのです。

町中の者が戸口に集まった

 この救い主のもとに人々が集まります。ペテロの家はカペナウムでのイエス様の活動拠点になっていくのです。けれども、イエス様の名前が広く知られるに至って、「人々は方々から、イエスのところにぞくぞくと集まって」くるようになり、ついには「一同は食事をする暇もないほど」になってしまいます。

 イエス様が私たちの家、私たちの人生に入ってこられるとき、それらはもはや私たちの思い通りにはならなくなります。自分の計画にはない、私たちの思いを越えた出来事が私たちの家に起こり、私たちの人生を左右してしまうのです。

身内の者たち

 それはしばしば私たちを混乱させます。「どうしてそんなことが」と思わず口に出てしまうのは、ザカリヤ(ルカ1:18)やマリヤ(ルカ1:34)だけではありません。イエス様の家族、親族もまたそうでした。「身内の者たちはこの事を聞いて、イエスを取押えに出て来」ます。彼らは、イエス様が「気が狂った」(文字通りには「自分の外に出た」=「我を失った」)と思ったのです。

 おそらくは父ヨセフを早く亡くし、長男として母マリヤと弟たち、妹たちを養ってきたイエスが、ヨルダン川で「洗礼運動」を行っているバプテスマのヨハネの所に行くと言って家を出きり行方が分からなくなってしまう。そしてその消息が聞こえてきたと思ったら、どこの誰とも分からない「弟子」たちを連れて説教したり治療を行ったりしているというのです。身内の者たちが連れ戻したくなる気持ちも分かります。

エルサレムから下ってきた律法学者

 それだけではありません。この時代、社会の中で最も尊敬されていた律法の教師たち、しかも「エルサレムから下ってきた」、名のある律法学者たちが、「彼はベルゼブルにとりつかれている」と断じます。

 イエス様は身内の者からは理解されず、権威者たちからは否定されるのです。母マリヤと弟たち、妹たちさえ、外に立って距離を置き、人をやってイエス様を呼ばせる有様です。神様のみこころに従って歩もうとするとき、私たちは最も身近な人々からも誤解を受け、愛ゆえの、しかし無理解からする痛みと苦しみとを負わざるを得ないのです。

新しい神の家族

 そのときイエス様は「ごらんなさい、ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。神のみこころを行う者はだれでも、わたしの兄弟、また姉妹、また母なのである」と言われます。神様は、ご自身を信じる者たちに新しい交わり、新しい家族を用意して下さるのです。

 けれどもそれはイエス様が家族を見捨てたということではありません。ここでイエス様は身内の者たちに弁解せず、家族に説明しませんでした。イエス様はこれまでと同じように神様の言葉を聞き、神様の言葉に従い、神様の言葉を伝え続けられます。それは、イエス様は、愛する者たちを神様の御手に委ねられたということです。今はまだ外に立っている家族たちも、神様の守りと導きとの中に、時至って「神のみこころを行う者」の輪の中に加わってくれることをイエス様は確信しておられるのです。

あなたの子、あなたの母

 イエス様は十字架の上から、母マリヤに「婦人よ、ごらんなさい。これはあなたの子です」、「愛弟子」に「ごらんなさい。これはあなたの母です」と言われ、信頼する弟子の一人に母マリヤを託されました。「そのとき以来、この弟子はイエスの母を自分の家に引きとった」(ヨハネ19:27)とある通りです。

 福音書記者ルカは、キリストの昇天の後、聖霊降臨を待つ弟子たちが、「婦人たち、特にイエスの母マリヤ、およびイエスの兄弟たちと共に、心を合わせて、ひたすら祈をしていた」(使徒1:14)ことを記しています。

神様によって新しくされた家族

 そして使徒パウロは、その手紙の中で、自分がペテロを訪ねてエルサレムに上った際、「主の兄弟ヤコブ以外には、ほかのどの使徒にも会わなかった」(ガラテヤ1:19)と記して、イエス様の弟のヤコブが、12使徒に準じるエルサレム教会の柱の一人となっていたことを明らかにします。

 また、「わたしたちには、ほかの使徒たちや主の兄弟たちやケパのように、信者である妻を連れて歩く権利がないのか」(Iコリント9:5)とあるように、ヤコブ以外のイエス様の弟たちも、家族ぐるみで教会の一員となっていたこと、さらにペテロの妻も伝道の働きを共にするものとなったことが分かります。

 イエス様を「取押えに出てきた」身内の者たち、「イエスを信じていなかった」(ヨハネ7:5)イエス様のきょうだいたちも、時至ってイエス・キリストを信じる者たちの輪の中に加えられ、その福音を共に宣べ伝える者たちへと変えられていくのです。この約束と希望に歩みたいのです。(2021年6月6日の礼拝のために)