読む礼拝


「イエスは聖書を巻いて係りの者に返し、席に着かれると、会堂にいるみんなの者の目がイエスに注がれた。そこでイエスは、『この聖句は、あなたがたが耳にしたこの日に成就した』と説きはじめられた。」(ルカによる福音書4:20)

ガリラヤへ帰る


 バプテスマのヨハネから洗礼を受け、荒野の試みに勝利されたイエス・キリストは、「聖霊の力に満ち溢れてガリラヤへ帰られ」ます。キリストは救い主としての働きを、エルサレムではなくガリラヤで始めようとされます。神の子、神のみこころにかなう者の歩みは、特別な時と場所ではなく、日常の生活の場から始まるのです。そしてそこでイエス様がなさったのは「諸会堂で教え」ることでした。

 神の子であり、神様のみ心にかなう者であること、悪魔の誘惑に勝利し、聖霊の力に満ち溢れること、それは何か特別な、人の目を奪う、みんなが拍手喝采するようなことをすることではありません。それは「安息日にいつものように会堂にはい」られ、「聖書を朗読」することなのです。

諸会堂で教え

 だからこそ、福音書記者ルカは、ガリラヤでキリストがなさったことを、「イエスは諸会堂で教え、みんなの者から尊敬をお受けになった」とだけ記すのです。

 実際には、同じく福音書記者のマタイが記すように「イエスはガリラヤの全地を巡り歩いて、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、民の中のあらゆる病気、あらゆるわずらいをおいやしになった」(4:23)のであり、「その評判はシリヤ全地にひろまり」(4:24)、「ガリラ
ヤ、デカポリス、エルサレム、ユダヤ及びヨルダンの向こうから、おびただしい群衆がきてイエスに従った」(4:25)のです。だとすれば、キリストは目を見張るような成功のうちにその働きを始められたということになります。けれども、それはキリストが願ったことではなかったというのです。

カペナウムの会堂で

 そもそも、キリストのうわさが広まるきっかけとなった悪霊追放は、カペナウムで安息日に会堂にはいって教えられたとき、「けがれた霊につかれた者が会堂にいて、叫んで」(マルコ 1:22)その教えを邪魔したことがきっかけでした。キリストが「黙れ、この人から出て行け」との言葉で悪霊を追い出されたことで、「イエスのうわさは、たちまちガリラヤの全地方、いたる所にひろまった」のです。

 悪霊追放は、それ自体が目的ではありませんでした。むしろそれは、キリストの教えの権威を明らかにするための手段だったのです。だからこそ人々は、「これは、いったい何事か。権威ある新しい教だ。けがれた霊にさえ命じられると、彼らは従うのだ」と、キリストの教え
について論じ合ったのです。

わたしはこのために出てきた

 それゆえキリストは、人々が癒しだけを求めて、病人や悪霊につかれた者を連れてくるようになると、「ほかの、附近の町々にみんなで行って、そこでも教を宣べ伝えよう。わたしはこのために出てきたのだから」と弟子たちを連れてカペナウムを離れ、ガリラヤ全地を巡りあるいて、諸会堂で教えを宣べ伝えられたのです。

それからお育ちになったナザレに行き

 故郷であるナザレも、キリストの働きの対象であることに変わりありません。だからこそ聖書は、ナザレに「帰り」ではなく「行き」と記すのです。キリストは、旅の疲れを癒やすために里帰りされたのでもなければ、故郷に錦を飾るための「お国入り」をしたのでもありません。キリストはナザレにも、他の町々村々と同様に、教えを宣べ伝えるために赴かれたのです。郷里の人々もまた神の言葉の名宛て人であり、家族や親族、幼馴染みや近所の人たちもまた、託された神の言葉を語り、教え、悔い改めへと導く必要のある人々だったのです。

安息日にいつものように

 そのとき、キリストは特別な方法を用いようとはなさいません。どこの会堂でも、そして他の人たちもしているように、キリストは聖書を朗読し、聖書を解き明かされます。

 エルサレムに一つだけある神殿とは異なり、会堂は成人男性が 10 人いればどこにでも建てることができました。会堂司が管理していましたが、成人男性であれば誰でも聖書を朗読し、また解き明かすことが可能でした。このナザレの会堂でも、キリストは会堂司の指名を受けて、聖書の朗読者としてまた説教者として奉仕をしておられるのです。

預言者イザヤの書

 ここで、キリストにはイザヤ書が手渡されます。もちろんそれは、会堂司から手渡されたものですが、それは会堂司を通して神様ご自身が手渡して下さったということでしょう。そして、この父なる神様からの「パス」を受けて、キリストはご自身の働きについて人々にお語りになるのです。

解放の言葉

 ここでキリストが解き明かされたのはイザヤ書 61 章1節と2節でした。ご自身の救い主としての働きは「囚人が解放され」「盲人の目が開かれ」「打ちひしがれている者に自由を得させ」「主の恵みの年を告げ知らせる」ことであると宣言されるのです。けれども、キリストはそこで、イザヤ書に記されている「われわれの神の報復の日を告げさせ」る(61:2)という箇所を読み飛ばされます。

 キリストが告げるのは「主の恵みの年」であって「神の報復の日」ではないことを示されるのです。なぜなら、神の救いとは、当時の人々が考えていたような、神がユダヤ人を異教徒の圧制から解放し、異邦人に報復されることではなく、ユダヤ人も異邦人も等しく罪の縄目から解き放たれること、神の恵みと愛に目が開かれることだからです。

神のゆるしという恵み

 もし神が報復されるとすれば、それは神に造られ、愛されていながら、神を忘れ、神に背いて生きる全ての人に対してです。この報復が行われるなら、人は誰一人滅びを逃れ得ないことを知っておられるゆえに、キリストは神の報復について触れることをなさらないのです。

 それは神の正義を曲げ、さばきをいい加減にするということではありません。むしろ神様は報復を徹底的に行われます。それがキリストの十字架です。キリストご自身が神の報復を代わって受けてくださるゆえに、この「報復」の箇所を読み飛ばすことがおできになるのです。キリストのゆえに、わたしたちはいかなる神の呪いや報復も受けることがない。それがキリストの救いにほかならないのです。

「主の恵みの年」

 わたしはあなたを罪に定めない、わたしがあなたの罪を負う、このゆるしの宣言こそ、聖書が約束した「主の恵みの年」、一切の条件なしに、ただその年が来たというだけで、すべての負債が帳消しにされ、すべての人が自由を取り戻す「ヨベルの年」(レビ 25:9)の実現にほかなりません。「この聖句は、あなたがたが耳にしたこの日に成就した」とは、私たちはキリストによって、いつからでも、どこからでも、人生をやり直すことができる、新しく始めることができるということです。「悔い改めよ、神の国は近づいた」とは解放の宣言なのです。

「この人は大工ではないか」

 けれども、人はこの神様の無償の救いを受け入れることができません。「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者」との言葉だけでは足りないと考えるのです。自分たちが考える神に愛された者の姿が示されなければ、誰が見ても神のみ心にかなっていると思えなければ、そこに神の救いはないと考えるのです。そして、ナザレのイエスの姿はけっしてそうは見えないし思えないと判断してしまいます。

 もしこのとき、「マリヤの子」イエスが誰もがキリストであることを疑わないような出で立ちで「凱旋」したなら、そうはならなかったかもしれません。石をパンに変え、神殿の頂上から飛び降りるような、神の子らしいパフォーマンスをすれば誰もが「ダビデの子」として拍手喝采したに違いないのです。けれどもそれは神の救いではありません。神の救いは神の国の到来の日までは私たちの中にあるからです。

神の自由な恵み

 こうしてわたしたちはキリストにつまずき、聖書につまずき、神様につまずき、恵みと祝福につまずきます。それは自分で自分をこれまでの自分に縛り付け、自分の思い込みとこの世の常識という檻の中に閉じ込めることにほかなりません。

 この不信仰を打ち破るものは、旧約時代の預言者エリヤやエリシャによって示された神の自由な恵みです。それはナザレの人々を激怒させ、私たちを困惑させます。けれども、究極的には「わたしはヤコブを愛し、エサウを憎んだ」(マラキ 1:2-3、ローマ 9:13)とまで表現される、何ものにも縛られることのない全く自由な神様の恵みがあればこそ、私たちは一切のしがらみや束縛、その究極にある罪と死から解放されるのです。

 この驚天動地の神の救いの恵みを「お言葉どおりこの身になりますように」との信頼をもって受け入れ、生き、証しする者たちでありたいのです。 (2022 年1月 16 日の礼拝のために)


「民衆がみなバプテスマを受けたとき、イエスもバプテスマを受けて祈っておられると、天が開けて、聖霊がはとのような姿をとってイエスの上に下り、そしてそして天から声がした、『あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である』」。(ルカによる福音書3:21-22)

ベツレヘムの馬小屋に生まれて


 クリスマスはキリストの誕生を祝う教会の祭りです。けれども、キリストは生まれてすぐに、何か特別な力を発揮したのではありません。聖書にはキリストの子ども時代の話はほとんど出てきません。

 わずかに、12歳になって、過ぎ越しの祭でエルサレムの神殿に両親とお参りに行った時に、祭が終わってからも「エルサレムに居残って」「宮の中で教師たちのまん中にすわって、彼らの話を聞いたり質問したりしておられ」たことだけが記されています。

 キリストは、マリヤとヨセフのことを忘れるほどに、神様の言葉を聞くことに熱心でした。けれどもそれ以外には、他の子どもたちと少しも変わらない子ども時代を過ごしたのです。言うならば、キリストは「特に目立つところのない子ども」だったのです。

「この人は大工の子ではないか」

 キリストは、大人になってからも、すぐに救い主としての働きを始めたわけではありません。福音書記者ルカが記すところによれば「イエスが宣教をはじめられたのは、年およそ三十歳の時」でした。それまでは、おそらく早く亡くなったであろうヨセフの後を継いで、大工としての仕事をしながら、母マリヤや、まだ小さかった弟や妹たちの生活を支えていたと思われます。

 だからこそ、郷里の人々は、キリストが救い主としてナザレの会堂で教えられた時に、「この人は、この知恵とこれらの力あるわざとを、どこで習ってきたのか。この人は大工の子ではないか。母はマリヤといい、兄弟たちは、ヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではないか。またその姉妹たちもみな、わたしたちと一緒にいるではないか。こんな数々のことを、いったい、どこで習ってきたのか」(マタイ13:54-57)とつぶやいて、キリストにつまずいたのです。

 神の子であるとは、他の人にはない特別な力や才能を発揮し、人々から「神童」と呼ばれることではありません。幸運に恵まれることでもなければ、ましてや「奇跡」を起こすことでもありません。それはただ神の言葉を聞き、神様に愛されていることを信じ、その御心にかなった歩みをしようとすること、ただそれだけなのです。

バプテスマのヨハネの登場

 このキリストの救い主としての働きは、ヨルダン川でバプテスマのヨハネから洗礼をお受けになることから始まります。

 このヨハネについて、福音書記者マルコは「このヨハネは、らくだの毛ごろもを身にまとい、腰に皮の帯をしめ、いなごと野蜜とを食物としていた」(マルコ1:6)と、旧約聖書の預言者を思い起こさせる特異な風貌と振る舞いを記します。そしてこのヨハネが「ヨルダンのほとりの全地方に行って、罪のゆるしを得させる悔改めのバプテスマを宣べ伝え」ると「エルサレムとユダヤ全土とヨルダン附近一帯の人々が、ぞくぞくとヨハネのところに出てきて、自分の罪を告白し、ヨルダン川でヨハネからバプテスマを受け」(マタイ3:5-6)るのです。

 このヨハネの「洗礼運動」を見て、救主を待ち望んでいた民衆は「みな心の中でヨハネのことを、もしかしたらこの人がそれではなかろうかと考え」ます。それは、多くの人の目を奪う鮮やかな働きです。

ヨハネとイエス

 けれども、バプテスマのヨハネは、「わたしはキリストではない」と語り、人々に、「わたしよりも力のあるかたが、おいでになる。わたしには、そのくつのひもを解く値うちもない。このかたは、聖霊と火とによっておまえたちにバプテスマをお授けになるであろう」とあかしします。

「……しなさい」「……してはいけない」というヨハネの教え、最期の預言者の教えは、なお人を救うことができないのです。それは、旧約聖書の律法と預言者を通して語られた神の言葉が、ついに人を救うことができなかったということです。

 それは、本来は、神様に愛され、救われた者たちの喜びと感謝の表現のための「道しるべ」であったはずの律法が、いつのまにか、神様に愛され、救われるための条件としての「物指し」に変わってしまったからです。

イエスもバプテスマを受けて

 だからこそ、神様はキリストを、何も理解できず、何もできない幼子の姿でベツレヘムの馬小屋に生まれさせてくださったのです。わかること、できることが神様に愛され、救われるための条件ではないこと、わかる・わからない、できる・できないを超えて、神様は私たちを愛し、ゆるし、救って下さるお方であること、だからこそ、この無条件の愛によってゆるされ、救われた者たちは、その喜びと感謝とを、それにふさわしい形であらわす者とされること、キリストはこのことを教え、あかしし、実現するために人となって下さったのです。

あなたはわたしの愛する子

 キリストが洗礼をお受けになったとき、「天が開けて、聖霊がはとのような姿をとってイエスの上に下り、そして天から」「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である」との声がします。

「おまえはわたしの愛する子」(詩篇2:7)とは、王の即位式の詩篇の引用です。そこには「おまえは鉄のつえをもって彼らを打ち破り、陶工の作る器物のように彼らを打ち砕くであろう」との言葉が続きます。けれども、神様は詩篇の引用に続けて、「わたしの心にかなう者」(イザヤ42:1)という、イザヤ書53章で頂点に達する主の苦難の僕の歌を引用されます。そしてこの箇所はさらに次のように続くのです。

「彼はもろもろの国びとに道をしめす。彼は叫ぶことなく、声をあげることなく、その声をちまたに聞えさせず、また傷ついた葦を折ることなく、ほのぐらい灯心を消すことなく、真実をもって道をしめす。彼は衰えず、落胆せず、ついに道を地に確立する」(イザヤ42:2-4)。

 神様は、鉄の杖をもって地上の王国を打ち破る力を持ちつつ、折れそうな葦、消えかかった灯火をなお愛し、癒やし、再び燃え立たせることのできる方として、キリストをお遣わしになったのです。

わたしの心にかなう者

 神の子であること、神様の御心にかなう者であるとは、真の王であり同時に真の僕であること、真に自由であり、それゆえにこそ真に人に奉仕することができるものであるということなのです(ルター)。この神の子の自由と奉仕へと神様は私たちをも招き給います。神のゆえに隣人のために自ら喜んで「低く」「貧しく」なること、そこに人間の真の救いと喜びがあるからです。

古い人に死んで新しい人によみがえる

 信仰とは、この神様の恵みの招きに応えて、わかる・わからない、できる・できないを物指しにした傲慢と卑屈、不平と不満、苛立ちと怒りの中にある自分中心の生き方から、愛とゆるしの神様を中心にした平安と喜び、感謝と讃美への本当の生き方へと「向き直る」(=悔い改める)ことです。

 この信仰を支えるために神様が定めてくださった「外的な支え」(カルヴァン)が洗礼と聖餐です。水の中に沈められ、そして引き上げられるという古い時代の洗礼式は、古い人が死んで新しい人に生まれることを表しています。洗礼とは、私たち自身が「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者」との神様の言葉を聞く者となり、この言葉を聞きつつ歩む者となることなのです。

わかる・わからないを超えて

 そしてそれは、私たちがまだ幼児の内に、また今から考えれば充分な自覚なく洗礼を受けた場合であっても変わりません。なぜなら、そこで決定的な働きをしているのは自分の決断ではなく、自分を、また親を通して働いた神様の決断だからです。わかる・わからない、できる・できないが問題ではなく、その全てを超えて私たちを選び、愛し、救う神様のみ心が問題なのです。

 だからこそ聖書もまた、キリストの洗礼を「民衆がみなバプテスマを受けたとき、イエスもバプテスマを受けて」(3:21)と淡々と記すのです。「みんなと同じ」洗礼が、「自分にとって決定的」な洗礼となるのは、洗礼に続くみ言葉とみ霊による導きによるからです。このすでに招かれ、むしろ招き入れられてしまっている神様の招きに、驚きと、喜びと、感謝と、讃美をもって応え、歩み出し、また歩み続ける者たちでありたいのです。 (2022年1月9日の礼拝のために)